それは泣き声というよりは雄叫び

天にもとどく慟哭

あの土方さんと沖田さんが揃いも揃って止めとけと言ったのに

その言葉に逆らって、あの人の背中を追ったのは自分だけれども―

二人がとっくにこの事を知っていたのだとしたら、それはそれで何か恨みがましい気持ちになる。




局長
あなたは
底知れないお人好しだ


頼むから、そんな風に、泣かないで下さい・・・



慟哭


運が悪かった。


誰もがそう思った。

追い詰められた過激派攘夷志士がその老婆を切ったのは、
彼女が逃げ道をふさいでいたからで、

その男を取り逃がしたのは、
思いがけず長期戦になった切りあいの混乱の中、皆、目の前の敵に必死だったからだ。

こちら側にもあちら側にも沢山の負傷者がでた。

全てが終った時には、あたりは酷い惨状になっていて、
俺たちも返り血やらなんやらで随分汚くなっていた。

局長は幾つかの命令をそれぞれ隊長格に出すと、
土方さんの隣りに立って何かを呟く。

その顔はとても静かな表情をしていて、自分はなぜかその表情にとても安堵した。
局長が何かあったときに冷静で居るのは、局長として当たり前の行為だ。と土方さんあたりなら言うのだろうけど、
俺たち下っ端の隊士から見れば、それはとても凄いことだと思う。
いつもは表情豊かな局長が冷静な顔をしている。
その事だけで随分と身が引き締まるし、こういう時は逆に安心する。

自分たちはやはり随分局長を頼りにしているのだな。と、少しだけ反省し、
隊士たちがそれぞれ動き出して辺りが少し落ち着きだしたので、
別行動だった自分はうーんと背伸びをして立ち上がり局長に声をかけようと近づいた。

「きょ・・」

局長と言いかけて、言葉を飲み込んだのは、
彼があの老婆を抱きかかえたから。

おそらく身寄りのないその老婆は、局長が抱き上げた時にはすでに絶命していたのだろう。
ボロボロの着物からにゅっと突き出た手足が、だらりとぶら下がった。

背中越しでは局長の表情は読み取れないけれど、その手つきから、彼がその老婆をとても大切に扱っていることがわかる。
局長は老婆を大切そうに抱えたまま、何を思うのか、数分の間佇んだ。

声をかける事はできずに、自分は、その背中の寂しさに息を飲む。

その間局長の周りだけが空気が薄くなってしまって誰にも見えなくなったかのように、局長に声をかける者はおろか、近づくものすら居なかった。
やがて、後片付けの喧騒中、局長は一人反対方向にむかって歩き出した。

呆然と局長を見つめていた自分は、そこでやっと我に返り、慌ててその後を追いかけようとしたが、
誰かに強く肩をつかまれて、足を止めた。
「止めとけ。山崎」
土方さんがこちらを一瞥し、そう短く言い捨てる。
「だけど・・・」
「首をつっこまねぇ方がイイぜィ」
自分の肩を掴んだのは沖田さんで、その沖田さんは目だけでもう一度止めとけと言うと、肩から手を放した。
「だけどっ」
「近藤さんにだって一人になりてぇ時ぐらいあるんでィ。それより疲れたや。帰ろうぜィ」
そんな事言われたって納得いかない。

局長がたった一人であのお婆さんを弔うつもりなら・・・

俯いて、ぎゅっと口をつむぐと、土方さんに頭をポンポンと叩かれた。

「気持ちはわかるが、追わない方がいい」

土方さん・・・
あなたなんて顔してるんだ。

「わかんねぇ奴だナァ」

沖田さんはこちらを見るとほんの少しだけ微笑むような顔を作って、さっさと歩き出す。

二人には一体何がわかっていると言うのだろう。

まだ納得いったわけではなかったけれど、二人に強く促されて俺は屯所に向かった。

局長・・・



自分が局長に気を取られている間にあたりはもう随分綺麗に片付いていて、今更ながらこういう時の自分たちの仕事の早さは賞賛に値するな。などと思う。
皆必死で働いている最中に、こんな浮かない、気の入らない、だらしない表情をするのはよくないと思うけれど、どうしても局長が気になって、
思わず振り返ると、

もう大分遠くに行ってしまった局長の背中が珍しく小さく見えて、
遠くどこかに消えてしまいそうに感じたので、

「俺、やっぱ行きます」

たまらなくなって俺は局長の後を追った。



局長の背中が見えるうちに追ったつもりだったのに、いつのまにか見失い、
再びその背中を見つけたのは、
町外れの野っ原の片隅に生えている大きな木の下でだった。

まだこんな所がこの江戸にあったのか、と思い、局長の背中に駆け寄ろうとして、

足を止めた。

あの人が泣いていたから―


それは泣き声というより雄叫び

天にも届く慟哭

身寄りのない老婆を抱きかかえ
母を失った獣のような咆哮


ああ、局長

あなたは本当にどうしようもないお人好しだ。
(何もそんな風に泣かなくたっていいじゃないか)

声をかけることはおろか近づくこともできずに、俺は踵を返した。



気がつけば屯所
そこから屯所までどうやって帰ったかはよくわからない。

ガラリ

全力で駆けるうちにともかく帰り着いた自分は、力ない動作で屯所の扉を開けた。

「よう」

玄関に入ると、先刻局長に用事を言いつけられていたせいだろう、先に帰ったはずの沖田さんが、履を脱いでいた。

「ただいまッス」

ぼそりと呟くように返事をすると、沖田さんが自分の顔を覗き込んでくる。

「山崎ィ」
「ハイ」
「お前、何泣いてるんでィ」


そういわれて初めて、視界が妙に霞むことに気付く。
慌てて頬に手をあてると確かに濡れていた。

「何でィお前わかってなかったの?」
呆れたように沖田さんはそう言うのだけれど
自分はコクコクと首を縦に動かすことしか出来なかった。

「ひーじーかーたさーん。ひじかたさーん」

沖田さんが半分脱げていた靴をぽーんと脱ぎ捨て、奥へ駆けて行く。
脱ぎ捨てられた靴は放物線を描いて自分のすぐそばに落ちた。

パタリ

と、その履が地に着いた瞬間に自分の中で何かが事切れる。

「ひっ・・くっ。うぇっ・・・・」

「あーあー汚ねぇなァ」

「だってぇだってぇ」

「ガキじゃあるまいし、あがれ山崎。他の隊士たちも余計な心配するだろーが」

沖田さんに呼ばれてきたのであろう(珍しい)土方さんが
素っ気無いけれど温かな声でそう言ってくれたので、やっと自分は屯所に上がることができた。


土方さんの手が再び俺の頭をぽんぽんと叩いたので、少しほっとした自分は、
ふと、局長と二人の繋がりを思う・・・


局長、早く帰ってきて下さい―


 

戻る

ある大好きサイト様(残念な事に閉鎖なさったのですが)の局長が、泣き声を押し殺してぽろぽろ泣いていらしたのです。
もうそれが大好きで大好きで。 局長はやっぱそう言う風に屯所なんかで泣く時は声を押し殺してこっそり泣くのが格好いくて素敵だけど、 だけど私の中の局長はこんな風に大声で泣く時もあるんじゃないかと思って書いたとです。
結構気に入ってたり