ドクン ドクン と脈打つ心臓の鼓動に久遠の安らぎを感じて

リズム


特別警察 真選組副長という仕事は、どうも性分に合うらしく、止めたいというようなことを一度も思ったことがねーってんだから、それは本当に有り難い話だ。



この仕事についている限り、俺は、名実共に近藤さんの片腕であり続けられる。ってのが、この仕事を気に入ってるその主な理由だが、別にそれだけでというわけじゃない。

刀と武士道と知略。

まともな金(幕府から頂く給料がまともな金なら。だが)を頂戴してそれを振るう事ができる職種ってのは、日本広しと言えどそう残っちゃいないわけで。

そういう意味でもコイツは性に合ってる。と、俺は刀の柄に手をかけた。

断っておくが正義なんぞには毛頭興味が無い。
俺の中に正義というものがあるとしたら、それは『大将を守る』という意味のものだ。


障子を開けて局長室を覗き込むと近藤さんと目が合った。

「よおトシ。ご苦労さん」

手招きをして近藤さんが微笑む。ぽんぽんと自分の隣りをたたいているのは、ここに座れという意味だろう。
俺は言われたとおりにすると、持っていた書類を近藤さんに差し出した。

「ありがとう。疲れただろ?いつも助かるよ」
今日俺が帰宅してから3度目の礼を近藤さんが言う。
「仕事だ。別に礼を言われる筋のもんでもねーよ」
律儀な人だと感心するが、そう何度も言われるのは照れくさかった。

煙草を口に挟んだ俺の横顔を見て
「トシは格好イイなぁ」
真面目な顔でそう言うと、ガハハと近藤さんは笑った。
「別にそんなんじゃねーよ」

何言ってんだ。
アンタのためになら礼など無くても何だってやる。
俺はそういう男だぜ、近藤さん。

「それより、これな―」

俺は気を取り直して仕事の話題にうつった。
一週間の出張で俺が見てきたのは、上方の動向と、そこに巣食うテロリスト達の状況だった。
京ってところは古来、天下を引っくり返してやろうと企む族が集まってくるという性質を持っている。
侍の時代になって、政治の中心地がかの都を離れても危なっかしくて放っておけず、必ず監視・抑制機関が置かれてきた。
それは、侍の時代が終っても変わらない。
俺は松平のおっさんの命令で、その状況を見に行ったのだ。
あわよくば長くこの江戸に潜伏しているという桂の情報も欲しかった。

それにしても、ここ(屯所)は随分と息苦しい。
多分、長い間、近藤さんの居る空気を吸っていなかったせいだろう。
腹の奥がチリリと鳴いた。
意識してはいけない。と、頭の隅ではわかっていたはずなのに、
もうどうしようもない。
第一俺は、帰ってきた時点で、すでに、どうしようもないくらい近藤さんに飢えていたんだ。

そっと近藤さんから視線を外した。
煙草の煙が殊更苦く感じ、煙草をもみ消した。

「ん?トシどうした?」
俺の変化に気付いた近藤さんが小首を傾げてこちらを覗きこんで来る。

ああ、ヤベェ。

「トシ?」
「あ、いや、悪ィ、ぼんやりしてた。報告は以上だ。なんか質問あるか?」
「んー無いなぁ。それより、お前、本当に大丈夫か?顔赤いぞ?」

顔が赤いのはアンタのせいだよ。

「おぉーいトシ君」
近藤さんがしつこく俺を覗きこんで来る。
一点の疑いもない目をして。

やけになった俺が近藤さんの視線に視線を絡ませると、二カッと微笑まれた。
体中を駆ける激情に、陥落することも、屈服させることも出来ず俺は、近藤さんの肩口に顔を寄せた。

ああ、貴方が少しでも怯えた目をしてくれたならば・・・


ドクン ドクン と脈打つ力強い心臓の鼓動が聞こえる。
肩を微かに上下させて、腹から吸い腹から出す呼吸は安定したリズムで繰り返されている。
これほどまでに力強く脈打つ心臓を持ったこの男の体は、心や魂だけではなく、四肢の先まで熱いのだ。

背中にそっと当てられた掌の確かな温かさ。

鎖骨のあたりに耳を当てて、眼を閉じた。

一歩足りとも動けない。

先程から懇親の力を振り絞って抑えている、たぎるような想いは、指の間からこぼれ落ちていく砂のように 吐いた息に混ざって垂れ流れていく。

温かく湿った空気に混ざりこんだ、近藤さんの匂いが、自分の雄を刺激して、
こんなにも息苦しいのに、深呼吸ひとつ出来ないだなんて

酷ぇ話だ。

近藤さんの体温の痺れるような温かさに、泣きたいような笑いたいような気持ちになった。



それでも
ドクン ドクン と脈打つ心臓の音に癒されている。

近藤さんが持つ
近藤さんだけが持つ

一種独特の柔らかくて安定した波長に身を任せると
なにもかも忘れて、落ち着きを取り戻す。

こんなにも心臓の鼓動に落ち着くだなんて
まさか本当に体内回帰願望があるんじゃねーか
と考えて、笑えない冗談だと、浅く笑い、
ギュッと近藤さんの腰にまわした腕に力をこめた。

俺は俺で心の中、語る言葉を持ち合わせず
近藤さんは近藤さんでどんな慰めの言葉も使わない。

沈黙というコミュニケーション

ドクン ドクン と脈打つ心臓の鼓動に久遠の安らぎを感じて・・・






「あのー局長」
「しー」
局長室を訪ねた山崎は、そこで世にも珍しい光景を見る。
「うわぁ、副長、それ、寝てるんスか?」
羨ましい。
「そ、疲れてたんだなトシのやつ」
「局長重くないんですか?」
「おう。これくらいな、大丈夫だ。人の肩借りるくらい眠いんなら報告明日でも良かったんだけどなー。仕事熱心な奴だよ」

・・・局長・・・それナンカ色々勘違いっすよ・・・多分・・・・・・

「はぁ」
「お、そうだ。山崎悪いけどちょっと布団取ってくれよ」
悪気は無いどころか善意の塊なんだろうけどな。
掛け布団を出しながら山崎は思う。

目が覚めたとき土方さんどんな顔するのだろう



 

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局長はニブチンなのが好物です。