大人賛歌
酷い 酷い 酷い 夢を見た。
酷い 酷い 酷い 夢だ。
あの不毛なばかりの、それでいて激烈な戦の只中にいる夢。
空には黒い雲が立ち込め、累々と地面を埋め尽くすように屍が転がっている。
気色の悪い静寂と、なんとも言葉にしがたい嫌な臭いが一帯を支配している。
俺は必死になって辺りを見回すが、坂本のモジャモジャ頭も、桂の長い後髪すらも見えやしないで。
軽くパニックを起こしそうになって、落ち着こうと深呼吸をし、なんともいえない血生臭さに吐き気を催した俺は、ともかくここから抜け出そうと足を上げる。
そして見る。
ゴロリと転がった赤い髪の怪力の少女とメガネをかけたツッコミ役の少年の屍。
瞬時に我を忘れて、叫ぶようにして名前を呼んで、抱き上げた。
カクリ
頭が力なく倒れて、背筋に冷たいものが走る。
青くなり
息を飲み
冷や汗を流し
(夢だ!これは夢だ!こんな酷いのは夢に決まってる)
揺さぶって、抱きしめて、何度も名前を呼ぶが、
動かない、冷たくなって。
もう、チャンともサンとも呼んでくれない。
(頼む!夢なら早く覚めてくれ!!)
膝を崩し、迂闊にもワーワー泣いて、あんなにも温かだったのに今は凍るように冷たくなった二人の亡骸を強く抱き、血にまみれた掌を見て、また泣いた。
そうして覚めた。
俺は今日ばかりは一人で寝ていたことを激しく後悔した。
初夏だというのにとても寒くて、腕を抱く。
寝間着は冷や汗でぐっしょり濡れ、体が小刻みに震える。
心、心臓ごと持ってかれたように、ぽっかりとして、がらんどうだ。
「ゆ、ゆ、夢じゃねーか、コンニャロー」
呟いて、少し落ち着いた気がした。
首を振って時刻を確かめる。
それは、夜明けまでまだ少し間がある。というような時刻だった。
むろん寝なおす気にはなれなくて、とりあえず立ち上がり、小生意気な口を利く少女が眠っている押入れをそっと開けた。
(居た)
触れる。
(温かい。いやむしろ熱い)
ああ、良かった。だなんて、バカヤロウ俺は銀サンだぞ。
(ああ、良かった)
チクショーこれならきっと新八だって大丈夫に違いない。
ようやく手足に感覚が戻った気がした。
*
それでも俺は寝直す気にはなれないし、家に居るとろくでもない事ばかり考えてしまうことは明白だったので、散歩でもして頭をすっきりさせようと思い、木刀ぶら下げ、外に出た。
もうすぐ朝を迎えようという外の空気は、ひんやりしていて少し霞みがかり、その清々しさになんだか救われたような気になった。
こんな日ばかりは、大人ってのは辛いもんだと思ってしまう。
これが幼子なら「恐い夢を見た」のだと抱きついてあやして貰い、人肌の温もりで恐怖が薄れるまで抱きしめられて、また眠れば、朝には元気になるに違いないのに。(もっとも俺にはそんな温かい親の記憶などないが)
なんかとりあえず綺麗なオネェちゃんのとこにでも行こうかなー。
(イヤイヤそんな生臭い行為ではウンザリするのが落ちだろう)
長谷川さん構ってくれねーかな。
(しかしあのオッサンは今どこに居るんだ?)
はぁぁ。
溜息を吐いて、新八の様子でも見に行こうかと思ったが、どこかのストーカーと間違えられて妙に殴られるのも味気ない。と、俺は一人悶々として首を振る。
あれは夢だったのだ。お日様が昇って、少したてば、メガネをかけた少年が今日も美味い味噌汁を作りに来てくれるだろう。
結局飲んだくれるしかないのね。そう思い、頭を上げた時、目の前に、さも温かそうな黒い大きな背を見つけた。
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ドン
「ぅおお??」
走っていって背に抱きつくと、男は間抜けな声を上げる。
「お前、そんなんだといつか後ろからブスリっていかれちまうぜ」
「ナァニィィっ!!それは困った。オイ、その時は銀時、くれぐれもよろしく頼むぞ」
俺を背にくっつけたまま、近藤がペコリと一礼する。
ああ、馬鹿だ。コイツ馬鹿でよかった。
殺気を放つものに対するコイツの鋭い目つきを知っている俺でも、いつかホントに暗殺されんじゃねーの。ぐらいの気安さで背の温もりを享受し、ついには体重なんぞ預けたりしてしまう、近藤という男の人の好さ。
「なぁ、お前、なんでこんな時間にこんなとこフラフラ歩いてんの?お妙のところか?」
「お妙さんのお店だったらよーどんなに良かったことか〜」
今にも「お妙さーん」と目の前の馬鹿が叫びそうになったので俺は素早く背中から離れて、馬鹿の口を塞いだ。
モゴモゴ
「なんだ?お妙のトコじゃねーの?」
「違う、仕事だ。お役人ってのは色々面倒臭いもんなんだよ」
ふーん、コイツ一人こんな時間までね。
(そりゃあさぞかし気が気でないだろうな。誰とは言わないケド)
「ところで、銀時、お前・・・」
他意のない手つきで、近藤が不意に、俺の顔に触れた。
「ひでェ面してるぞ・・特に目がよォ」
そして、親指の腹で目の下をなぞり、
「恐い夢でも見たか?」
と、笑う。
ああ、父さんでもいい、母さんでもいい。
親というものの温かみってのはきっとこういうことを言うのだろう。
俺は言葉を失って、金魚のようにパクパクと口を開け閉めして、早朝の人気の無さも手伝って、あろうことか別嬪サンの柔らかい胸ではなく、こんなゴリラのような朝帰りの黒い服着た髭面の胸に飛び込んでしまうのだ。
「テメェ近藤、図星だコノヤロー」
「そうか」
「オイ近藤酒奢れ」
「エェェ!!タカリ?タカられてる俺?・・・ああ、でも、まぁいいぜ」
「それからもっとしっかり抱きしめろ」
「エェェェェ!!ナンデ?!ああ、まぁ、ハイ」
ああ、酒と煙草の臭いが染み付いて多分に大人臭いことは差し引いても、なんと温かい胸なんだろう。
「なぁ銀時、うち来るか?」
ようやく日が昇り始めて明るくなり出した朝靄の中で、徹夜明けのぼんやりする頭を必死で働かせて、突然抱きついてきた男が恐い夢を見たからといって、親身になって心配する必要も無いだろうに。
このお人好しは。
きっと近藤の頭の中は、この朝靄同様白々として明るく、かつ霞むようにぼんやりとしていて、このまま俺がコイツにくっついていって、うっかり添い寝なんぞした日にゃあ、屯所でお前の帰りをイライラしながら待っている連中が、朝から悪夢を見る事になるだろう。なんてことは想像も出来ないに違いない。
それでも俺としては、自分一人悪い夢に魘されるのは癪なので、それこそ味噌汁の出来上がる時間まで、このお人好しにくっ付いて、酷い夢の酷い味を撒き散らすのも悪くないな。と、
ニヤリ
人の悪い笑みを浮かべて、体中が温かさを取り戻しつつあることを確認する。