熱帯夜


互いに互いが側に居る事を当たり前に感じるようになったのは、いつの頃の事だったのだろうか・・・


形式ばった書式の報告文にザッと目を通し判を押す。という作業を2・3こなしたところで土方はふと考えた。
もう辺りはすっかり暗くなっていたが、季節柄室温は依然高く、じめじめと蒸し暑い。
隊服を脱ぎ散らかし、スカーフを取って、ボタンをいくつか空けてもまだ暑いので土方は袖を捲り上げている。
気が散るので障子は開けていない、冷房もつけていない。それがいけない。と思う。
障子を開けるか、冷房のスイッチを押すか―しかしどちらにしてもめんどくさい。
明らかに嘘臭い次の報告書に、訂正を求める赤線をいれながら、

我慢すべきか、立ち上がるべきか。

実に下らないことに思考を傾けて、土方はふぁぁと大きな欠伸をする。


「おい。トシ。暑くねーの?開けとくぞ」



やはり立ち上がるのが面倒だったので、そのまま訂正書類を右側(判を押した書類の山とは別の場所)に分けて次の書類に目を通しだした土方の背中に、不意に(いやほんとは不意ではないが)声がかかった。

「ああ、すまん」

土方は振り返りもせずに返事をする。
近藤は気にした様子も無く、約束どおり障子を開け放って、自室に戻っていく。
先ほどから心地よく聞こえていて、土方の部屋の前で止まったかの男の足音が、また小気味良く響きだす。
土方は頬を緩めた。
彼の言葉と共に入ってきた夜風は涼しく爽やかだった。


互いに互いが側に居る事を当たり前に感じるようになったのは、いつの頃の事だったのだろうか・・・


今読んでいたのは上からのどうってこと無い連絡文だったので、それをぽぉんと机の端に投げやって土方は再び考え始めた。
そして、また2・3の書類に判を押したところで、土方の脳裏に近藤の結った髪が揺れる様が浮かんだ。
彼は貧乏臭い着物を着ていた、見えたのは背中だった、彼が振り返った、いい笑顔をしていた、そして、若かった。

(それほど前の事だったか・・・)

ああ、そうだ。はっきりした記憶など無いと思っていたが無くて当然なのだ。
それは酷く曖昧で、けれども、実に爽やかな記憶。

まだ同じような毎日を繰り返していたあの頃の、特別な事など何も無い一日。
記憶が曖昧すぎてそれが何年何月何日だったかなんてわからない。季節すらも。 けれど、確かに言える事が一つある。
会って間もなく、
会って間もなくそうなったのだ。

近藤と土方の絆は年月が作り出したものというよりはむしろ、根底の部分で合い通じるような、お互いの気性に因るところが大きい。
もちろん彼らの内に流れた年月が彼らの絆をより強く結んでいるのだが、だが年月が二人の仲を熟成させるより早く彼らは互いを認め合った、必要とした。



互いに互いが側に居る事を当たり前に感じるようになったのは、いつの頃の事だったのだろうか・・・


髪の長い近藤が自分の名を初めて

「トシ!」

と呼ぶ。

屈託の無い笑みを浮かべて。


ああきっとその瞬間だ。と土方は気付き、無意識ににまりと笑った今現在の現実の瞬間に、碌でもない請求書に判を押す―熱帯夜。





 

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思い出し笑い14郎。むっつりだから。全体的に意味のわからない文ですみませぬ