信号が赤から青に変わった。
アクセルを踏む。
ハンドルを握り直す。

助手席には近藤さんが座っている。


please




「なぁトシよぉ、なんと言っても俺たちは、やっぱり出来ることをやるしかねーんだよな」

話が天導衆の事になった所で、近藤さんは、もうお決まりの、と言っても過言ではないいつもの科白を口にした。
近藤さんのこういう所を存外気に入っているのかも知れない。と思いながら俺は、精一杯の同意を込めて

「ああ、そうだな」

と返事する。

「一歩一歩なやるしかねーな」

俺のけして面白くは無い返事を聞いて安心したのか近藤さんは、自分の掌を見つめてそう呟くと、背もたれにその背を預けた。
俺は横目でそんな近藤さんの様子を見、強い人に見えてあながちそうでもないのかも知れない。と今更ながらそう思う。

馬鹿みたいに前ばっかり見ているし、傍から見てれば能天気に見えても、この人はこうやって一歩一歩成長しようと足掻くように生きている。その背の重みを俺もまた“副”とつく以上知らないわけではない。

それでたまらなく愛しいと思うときがある。

それだけではないけれど、始めてこの人が好きだと自覚してから(あの頃はこの人の強さに惚れていた)、俺は何度もこの人に惚れている。惚れ直している。


近藤さん近藤さん近藤さん

助手席に近藤さんが座っていて、今はこの狭い空間に二人きりで


近藤さん


たまに、唐突に、この人が酷く欲しくなるときがある。

頻繁に、いや、常に、感じている愛されたいというような渇望ではなくて

もっと突き上げるような

衝動。


それは、やりたいとか(やりたいけど)抱きたいとか(抱きたいけど)欲しいとか(凄く欲しいけど)そういうものよりも

もっと単純で
それでいて酷く強烈な

衝動。


それが眩暈のように訪れて、俺は、浅く長い息を吐いた。


(触りたい)

アンタの髪、確かめるように。


(触れたい)

アンタの頬、顎、髭も、みんな。愛しむように。


手とは言わない指先でもいいから、こう、そっと触れたりしたい。


最後にアンタに触れたのはいつだ?

昔は触れ合うほど近くに座っていたのに、いっちょまえに、間、空けるようになったのはいつからだ?


距離遠くなっちゃいねぇか?


「クソっ」

「ん?トシ?どうかしたか」

惚けたように窓の外を見ていた近藤さんがこちらを向く。


「あ、いやなんでもねぇ」

「そうか?」

「ああ、マナーの悪い原チャだよ。舐めやがって」

「今日は覆面だもんなぁ」

アハハと笑い、近藤さんが深々とシートに座りなおす。リラックスした気配がちらりと横目で見ただけでも見て取れる。

焦るな俺。
お互いこんな風に肩の力抜いていられるのは、こういう二人きりの時だけじゃねぇか。
出会った頃の俺たちの空気とちゃんと・・・似ている。

大丈夫。距離開いてなんかいねぇ、ハズだ。


「マナーの悪い原チャと聞くと銀時思い出すよなぁ。アイツちゃんと交通ルール守ってんのかね」

「アレがそんなもん守るたまかよ」

「そうかーそうだなぁ。今度とっちめるかな」

クククと今度は近藤さん、嬉しそうに笑う。

イライラする。

(坂田の話なんかすんなバカ近藤さん)

「トシ?」

「あ?」

「なんかお前さっきから急に変なのな?」

「何がだよ」

「なんかヤなことあったのか」


あった。


アンタが他の男の話をした。そいつを思い出して笑った。


「別に」


(それから最近触れてくれない)


って、俺何ぬかしてんだか・・・クソっ・・・餓鬼じゃあるまいし。


「そうか。あ、そこ右」

俺のイライラには慣れたものなのか、苛立ちを含んだ返事を気に留めた様子もない近藤さんの腕が俺に右へ曲がれよとつげる。
元々はこの道を真っ直ぐに行く予定だったのだが、急に、けれども自信たっぷりに近藤さんが右へ曲がれと言ったので、
ウィンカー出して、ハンドルきって、苛立ちを押さえて右へ曲がり、スピード戻して流れに乗った所ではたと気付いた。

「近藤さんどこ行くんだよ」

「さぁどこ行こうか」

ああ、決まってないのか・・・

「って、エェェェェ?!!何それなんで曲がらしたワケ?」

「んーいやな、たまにはドライブでもしようかと思ってさ」

「いいのかよ。勤務。長いこと空けたらアイツら困るだろう」

「無線あるし大丈夫だって。アイツらあれで結構頼りになるし」

「ふーん、ま、いいけど」

あークソまたこれ嫉妬した今。俺、頭おかしくなったんじゃねーか。
こんな些細なことにまで。

(こっち見ろ近藤さん、俺を、俺の名を呼んでくれよ)


「トシ」

!!

心読まれたのかと思ってビックリして思わず俺は、近藤さんの方を見る。

「うわぁ前、前!あぶねーから」

「ああ、悪ぃ」

「もうどうしちゃったのョ」と近藤さんに笑われた。

心臓がバクバクしてくる。指先が微かに疼き震えだす。
何やってんだか・・・

「煙草?吸うか?」

「ああ、そうだな」

平常心平常心。
落ち着けよ俺、貴重な二人きりの時間だってのに。

!!!

とりあえず、煙草を取ろうと片手を胸ポケットに突っ込んだ俺は再びギョッとして手を引っ込めた。

「とってやるよ。なんかお前今日危ねーし」

「ごめん」

「ん?まぁそんな日もあるな」

俺の、胸の、ポケットの煙草を、近藤さんが取る。
それだけで打って変わってなんかボルテージが上がる。

「ほれ」

煙草が、煙草を持った近藤さんの指が俺の顔の前に現れる。

恐る恐る煙草を咥えてついでにそっと唇を近藤さんの指に触れさせる。

生娘みたいに赤くなってるかもしれない。
馬鹿みたいに嬉しい。
こんなことが。


「で、なぁトシどこ行こうか?」

「まじで目的地ねぇのに曲がったのかよ」

「お前働き過ぎだからなーたまにはいいだろ?こんなのも。軽く飯でも食って帰ろう」

・・・

・・・・・・

抱きしめたり手ぇ握ったりキスしたり、したい。

惚れた惚れた惚れた、惚れたんだ、俺はアンタに今また今。

もう何度目か数え切れないくらい、何度も何度も惚れて、しまう。

我慢できなくなって、手、伸ばして、握り締めた。

ビックリした顔してる、か、な。


今度は危ないと言われないようにそっと横目で近藤さんの方を伺う。

近藤さんはなんでもない顔をしてまた窓の外を見ていた。


「なぁ近藤さん・・」

「俺たち知らず知らずのうちに随分背伸びしちまってるのかもしれないな」

窓の外の何をみているのかは知らないが、近藤さんがそう低い声で呟いて、俺は煙草が為にそっと手をどけた。




あー好きだ近藤さん。
俺はアンタが好きなんだ。


ハンドルを握り締めてスピードをあげる。

全身がそう叫んでいた。





 

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