ねぇ近藤さん、アンタ俺を殺す気ですか?
「近藤さん、アンタ随分ご機嫌だなァ」
「うーん総悟がねぇ。久しぶりに可愛くて。懐かしいなぁ。最近総悟君ったらすっかり大人になっちゃって寂しかったんだよね」
顔をほくほくさせて近藤さんは事も無げにそう言った。
知ってる。つーか屯所中みんな知ってる。
なんでアンタの誕生日にあの馬鹿があんなあんなあんな。
クソ羨ましくないぞ。断じて羨ましくない。
あークソなんであの馬鹿ばっか・・・。
「どうした?トシ」
「いや。なんでもない」
さっき帰ってきたら、総悟が、何をうまく言ったかはわからないけれど総悟が、今日一日近藤さんに、猫可愛がりされていた噂で、屯所は持ちきりだった。隊士たちの幾人かは便乗して美味しい目にあったようだったが。
近藤さんの中では、総悟やちゃっかり山崎なんかも、本当はまだ甘やかしたい範疇にいて、もともとスキンシップの多い人だし、距離感も近い人だし、甘やかすとなるととことん甘くてあったかい人で。最近は成長する総悟に遠慮して我慢してたし、それはもうさぞかし盛大に甘やかしたのだろう。
アンタさ、ホントあいつに甘いよ。
「あの、近藤さんさ、その、何したの総悟と」
「何って。なんで?」
「・・・アンタすっげえ嬉しそうな顔してるから」
「ん?そーお?」
褒めてない褒めてないカラ。
俺なんか今日独りで幕府行って来たってのになぁ。
チキショー俺も頭撫でてくんねぇかな。
「聞きたい?」
近藤さんが俺を見てちょっと意地悪な顔をする。
聞きたい。
すげぇ聞きたい。
「いや、別に嫌ならいいけど」
「なーんだよ。トシ君ったら〜ほれほれ聞きたいだろ?」
近藤さんアンタ、今、さっきとは違う意味ですげェ嬉しそうなんだけど・・・
「言いたければどうぞ」
そんな顔すんなよ。悪ィ顔。なんかネジがちょっと緩む。油断する。俺。
「素直じゃねーな。トシってば。もそっとこっち来い」
悪ィ顔の近藤さんが手招きする。絶対罠な予感がする。けど、断ったら近藤さん寂しがるだろうし、な。のってやるかな。
「あんだよ仕方ねーな」
できるだけ、仕方なさそうに、なんかドキドキしてんのがばれないように、手招きを続けるにっこにこの近藤さんの側に用心深く近づいた。
「トシ君そこにちょっと正座してみ。ん?」
近藤さんが嬉しそうに(今日は元々ハイテンションだしこの人)、ちょっと偉ぶって、畳をポンポンと叩いた。
俺は、やむなく正座をさせられる。
近藤さんがおもむろ立ち上がった。俺は不審の目で近藤さんを見るが、近藤さんは意味ありげに笑ったまま、手で俺を制す。待て、だ。
近藤さんが俺の背後にまわった。
俺は、説教を食らうガキよろしく、握った手を膝に置いて、ちょっと猫背で待つ。何されるんだ??
「こーやったの」
突然近藤さんが背後から抱きつく。
足が俺の正座の足のすぐ横にきて、背中が密着していてあせった。
総悟め
「トシ君ちょっと、胡坐かくから上に乗ってみ」
「はァッ?!」
「いいからいいから」
なんでこうなったのかは知らないが結局流されて俺は、うっかり近藤さんの上に座った・・・。
無い。降りたい。誰かに見られでもしたら、もう降りたい。
「トシ。硬い」
「もういい。もう解った」
「ダメだって。ほんでなよしよしすんのよ。総悟はガキの頃こうやって良く腕の中で寝たんだぜ」
総悟のやろう・・・。
「トシも撫でて欲しいだろ」
「・・・・・・」
「な!」
「いや」
「誕生日だぜぃ俺は。うん。って言ってみ」
「あ、いや、あの、コンドーさん?」
「なでなでして欲しいだろ?」
遊んでる。この人絶対俺で遊んでる。あーもうでももうして欲しいといえばして欲しい。
「・・・・・・・・うん」
言ったが最後近藤さんの暖かい手が、俺の頭を掴んで、近藤さんの肩に引き寄せられ、始めは激しくついで優しく撫でられた。
総悟の奴め。
こんないい思いを一日してたのか。
でも、俺は恥ずかしさで死にそうだ。
「ほら、トシ硬いってば。力抜いてもたれてこい」
「もういいって。よーく解ったから」
「トシくん俺は今日誕生日だぜー」
「王様王様」と意味のわからないことを呟いて、近藤さんが俺を促す。
仕方なく、俺は、近藤さんにもたれかかった。
えーいままよ。と、思い、少し姿勢を落として、頭を近藤さんの肩に預けて、楽な姿勢をとった。
近藤さんの熱が背中からじんわりと伝わってくる。
近藤さんの手が俺の頭を優しく撫でて、すげぇ気持ちい・・・かも。
いつのまにかすっかり身体の力を抜いて、近藤さんの為すがまま甘えていると、近藤さんが嬉しそうに呟いた。
「鬼の副長にこんなことできるなんて局長特権だなぁ。俺って幸せ者かも」
な、な、なに言ってんだ近藤さん。
再び緊張を取り戻した俺が近藤さんの腕の中で固まってると、その上近藤さんが嬉しそうに頬ずりしてきた。
「ぎゃっ」
「何すんだよアンタ!」
抗議の声をあげるが近藤さんは笑う。
「あれ?トシくん顔赤いよ」
「・・・うるせー」
完全にこの人のペースだ。
「あのさー近藤さん。俺煙草吸いたいんだけど」
もう、いい加減、心臓とか下半身とかまぁ色々と、限界だった。
「ここで吸ったら」
無理無理。頼むよ降ろしてくれ。ホントまじで限界。
「いや、煙草切らしてんだわ」
「へー。じゃ、我慢しろよ、たまには」
へー。じゃないし。何そのどうでもいい感。
我慢ならさっきからずっとしてるし。
「いやもう無理デス」
「えー」
「えー。じゃなくて。さっきからずっと吸いたいの我慢してたの。な、悪ィ。ちょ、煙草買ってくるわ。」
ここでちょっとでも未練を残すと近藤さんの「つまんなーい」と言いたげな顔にほだされてしまう。そうすれば、恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。
俺は、逃げるようにして、部屋を後にした。
慌てて靴を履いて外に出る。
とりあえず、落ち着くために一服しようとポケットに手を入れて、本当に煙草が無いのに気がついた。
ゲッ、マジかよ。
こんな妙な心持で、出掛けるのは嫌だったし、何より面倒だ。
参ったナァと思ったが時、さっきまで乗っていた車に煙草のストックが置いてあるのを思い出す。
あそこなら、気分が落ち着くまで誰にも邪魔されずにすむし。
そう思って、車に乗り込んだ。
ダッシュボードをあけて、煙草を取り出し、火をつける。
一息大きく吸うと、少し、心臓の動機がマシになった。
ああ、でもクソ、総悟のヤロウ。人が居ないのを良いことに、あんなことやこんなことも、してもらったんだろうな。
あれだって、あんな近藤さんと密着。
頬擦りとかマジでヤヴァイ。
あーさっきの近藤さんの・・・あのそのくそあの
わーーーー。
思い出したら恥ずかしさでやっぱり死にそうだ。
耳まで赤いかもしれない。顔熱い。
近藤さんの体温。匂い。掌の優しさ。
俺の名を呼ぶ声。
「局長特権って・・・・」
「近藤さんマジ可愛過ぎる」
「俺って幸せ者かも」って何アレ。ホントマジであの声とか、ありえねー。
ああ、ダメだ。
俺は、ハンドルに突っ伏した。
勲
トントン
顔を下に向けたままさっきの近藤さんを思い出して、悶えていると、不意に右側から窓を叩く音が聞こえた。
誰だよ?今取り込み中。
自分ではっきりと自覚できるほど、眉間にキッチリ皺寄せて、メンチきって顔をおこした。
誰か認識する前に、口から、銜えていた煙草が落ちた。
「うわッチィっ。アッツ」
大いに慌てて、ビビリ過ぎてちょっと震える手でそれを拾い上げた。
「あっはっは。馬鹿だなぁ。トシ」
ドアの向こうでは、近藤さんが腹を抱えて笑っている。
誰の所為だと思ってんだ。
俺はちょっとムッとして、むくれた。
そうしている間にも、近藤さんは、当たり前のように、車の前をまわり、助手席に座り込んでくる。
「あ、チョっ、アンタ、勝手に・・・何だよ」
「だってぇトシくん」
近藤さんが手を出せという動きをする。
俺は素直に掌を差し出した。
「忘れもんだぜィ」
・・・・・・・・・・・・
「俺の煙草」
近藤さんはまた笑った。すっげぇ嬉しそうに。
ダメだ。今日の俺。マジで。泣きそう。
「ドライブにでも行きますか」
人の気も知らないで、近藤さん。
ねぇ近藤さん、アンタ俺を殺す気ですか?