これはテストです



 どうして、こんな日に限って、徒歩で出歩いち まったのかねェ、俺は。

 小一時間程足止めを食らったあげく、止みそう に無い空模様に、痺れを切らして外へと飛び出し た沖田は、結果、表に出て3秒で、早くも後悔し た。
 コートの襟をたてて、ポケットに手を突っ込 み、マフラーに顔を埋めて、前傾姿勢をとる。冷 たい雪が顔に当たり、肩に積もった。耳あてをし てきた事だけが、沖田の今日の行為の内で、唯一 褒められたものであり救いだった。それにしても 寒い。歯が鳴るほど寒い。
 どんな時だって油断しちゃぁいけねェもんだ な。
 沖田の体を今来た方向に押し戻す程強い風が、 吹きつけてくる。江戸に、30 年ぶりだとかいう 猛吹雪が、吹き荒れているのだ。沖田は今そんな 中を歩いている。 
 アホだ。と、自分でも思う。こんな中徒歩で帰 ろうだなんてどうかしている。しかし、諸事事情 があって、誰かに迎えに来いとは言い辛い。だか らアホだとわかっても自力で帰るしかなかった。
 近藤さんと約束した時間まであと30 分。その 約束が、沖田を奮い立たせて、外へ追いやった。 しかし後悔している。奮いたったものはさっき3 秒で撃沈した。けれど、一度飛び出してしまった 以上は前に進むしかなかった。
 タクシーには今日は無理だと断られたし(こん な時に使えないなんてどうかしてる)。電車さえ 止まっていると聞く。道路には(当たり前のよう な気もするが)人っ子一人居ない。吹雪だけが茫々 と白く、沖田の視界を、済みから済みまで占領し ていた。見慣れた往来が、まるで知らない世界の ようだ。
 歩いている内に吹雪は益々酷くなり、視界を狭 める。10 m 先はもう見通せない。その先は雪で 白く輝いていた。不思議な光景だった。
 沖田は急に妙な不安を覚えた。ここはどこだ。
一瞬迷いが生じる。
 突風が吹いて、思わず目を瞑った。数秒、耐え ていると、ふと風がやんだ。目を開ける。
 突風のおかげでかえって冷静になれた。立ち止 まったまま辺りを見渡してみる。落ち着いてよぉ く見るとそれは、やっぱり見慣れた街並みだっ た。大丈夫。道を間違っちゃぁいない。ここはい つもの往来。あと、5分も歩けば、屯所に帰りつ くだろう。
 そして沖田は、また歩き出した。それにしても 寒い。




 結局あれからおそらく10 分くらいかけて、な んとか屯所にたどり着いた沖田は、「ようやく帰 り着いた」という気持ちで玄関に腰を降ろし、思 わず溜息をついた。手も顔もすっかりかじかんで いる。
「お帰りなさい隊長。酷い姿だ。こんな時にまぁ。 しかしよく無事に帰って来れましたね」
 ちょうど通りかかった一番隊の隊士が、沖田に タオルを渡してくれた。それで濡れた髪を拭き、 コートに積もった雪を払って沖田は、ようやく ほっとする。
「今、何時だ?」
 髪を拭きながら、近藤との約束を思い出して、 沖田は隊士に問うた。時間があれば、服を着替え たかった。
「4時25 分ですけど」
 良かった。約束の時間には間に合った。服は着 替えられそうにないがそれはいい。沖田はとりあ えず間に合いそうなことに心底ほっとして、隊士 に軽く礼を言う。隊士は一瞬不思議そうに沖田を 見て、微笑んだ。
「何でィ。俺の礼はそんなに珍しいか?」
「あ、いえ。随分お疲れのようでしたから」
 それが、珍しくて。と、彼が言った。そう言わ れてみれば、確かにとても疲れている。しかしそ れも仕方ないだろう。いつも15 分程度で帰れる 道を30 分近くもかけて帰ったのだから
「ふーん」と、沖田も少し笑った。温かくなった せいで鼻先がじんじんした。




「近藤さん。只今帰りました」
「おーおかえり」
 結局着替えるのは諦めて、かじかんだ手のまま 局長室に行くと、もうすっかりくつろいだ様子の 近藤が、沖田を迎えてくれた。その顔を見て、沖 田はまた安堵する。中に入って座ると、近藤の部 屋がとても暖かかったので、どっと疲れが噴出し て、眠たくなった。
「総悟お前この吹雪の中帰ってきたのか?」
「ええ、褒めて下せェ。アンタとの約束の時間守 るためにちゃんと帰ってきたんですぜィ」
「そうか。ありがとよ」
 近藤が、嬉しそうに顔をほころばせて、手招き をする。沖田は立ち上がり、近藤の側に移動した。 少し立ち眩みがしたが、気にしない。近藤の笑顔 だけで、帰ってきた甲斐があったなァ。と、嬉し くなったのだから。
 沖田が、近藤の直ぐ目の前に座ると、近藤は「お 疲れさん」と、言いながら、沖田のスカーフに手 をかけた。「これも冷てぇな」なんて笑いながら、 スカーフをはずす。「上着も脱げよ。部屋暖かく しておいたから」
「はぁ、ありがとうございます」
 いつも、割合距離の近いお人なんだけど、今日 はことさら近いな。なんて思ったが、嬉しかった し、暖かさで眠たかったので、沖田は近藤の成す がままになっていた。近藤が自分の上着を優しい 手つきでとってくれた。
「近藤さん、今日はなんだか優しいんですね?」
「お前それじゃぁ俺がいつも優しくないみたい じゃないか」
 近藤は笑った。沖田も笑う。ほんの数cm のと ころまで近づいている近藤から甘いような匂いが して、沖田はなんだかいい気分だった。
 すると、突然、視界が揺らいで、沖田は、あっ というまに天井を見るはめになった。驚いて、声 も出せずに瞬きをし、一呼吸おいて、近藤のほう を見つめると、沖田の上に馬乗りになっている近 藤と目があった。近藤の手が、沖田のシャツの第 一ボタンにかかっている。
「こ、近藤さん」
 沖田の口から、狼狽して上擦った声が出た。
「寒かっただろうから温めてやるよ」
 近藤は事も無げに言う。
 沖田は、心から驚いてまた瞬きをする。

 試されてんのか?

 これは、一体?なんなんでィ?お伽噺か?
 金の近藤さんか、銀の近藤さんか、蜂蜜たっぷ
りの近藤さんか選べ。と、言われたら、俺は、た だの近藤さんがいいんだけど。
 沖田はお伽噺みたいに、近藤さんを泉に落とし た記憶は無い。あまりの事態に、かえってそんな 事を思っていると、近藤の顔が沖田の首筋に近づ いてきて、沖田は慌ててそれを手で制した。

 その時、腕時計を見た。時計は4 時15 分をさ していた。




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これはテストです。
アンソロの版組み見本用でした。