今度の仕事は、想像以上の苦戦を強いられた。
天人との癒着が確実視されているテロ組織のアジトを、一網打尽にするために、半年以上も かかって計画したかなりでかい仕事だったからだ。
それぞれの隊が細かく分担をきめて、綿密にシュミレーションをした。
それでも、実行の日が計画よりも早くなったり、細かい変更を余儀なくされるなど、困難が 予想される仕事にありがちな事態が多数起きた。

戦況はかなり厳しい。

剣を振るう沖田は、幾人かの人間を切り倒しながら肌でそのことを実感していた。
一番の誤算は自分たちが予想していたよりも敵が強いこと。
ザッと見る限り中堅クラスが余裕の無い戦い方をしている。
そういう沖田もけして余裕とはいえない状況だった。
任された持ち場を片付けるのに、シュミレーションよりもはるかに時間がかかっていた。



近藤勲の1%(上)







「総悟」




ようやく自分の持ち場を片付けて、刃物傷が生々しい階段を上り、近藤の後を追った沖田は 、壊れた扉の向こうから声がしたので立ち止まる。
声がした方をのぞくと部屋の中も酷い荒れようで、苦戦を強いられた事は一目瞭然だった。

「総悟」


「近藤さん!」

自分の名を呼んだ近藤の声は、本当に近藤の声かどうか一瞬戸惑うほど弱々しかった。沖田 は、自分でも呆れるほど、内心取り乱して、一目散に近藤の側に寄った。

「近藤さん」

壁にもたれてどうにか立っているという様子の近藤の側に寄るとキツイ血の臭いがした。
返り血を浴びているらしいが、それ以上に顔も真っ青だ。


部屋には今出来たばかりの血痕がいくつもある。


「随分派手にやられましたね」


今ここに近藤さんを傷つけた犯人が転がっていたら、殺っちまうな。
本当は怒りでハラワタが煮えくりかえっていたが、沖田はあえて憎まれ口を叩いた。
どうして誰も近藤さんのこの様子に気づかなかったんだ。
いつも側に居るあのヤロォはなんで肝心な時にここに居ねェんだ。

「総悟」

沖田の考えたことがわかったのか、近藤がなだめるような声音で沖田の名を呼ぶ。

「ちょっと肩かしてくれ」
「もう喋らないで下せェ」

土方は今回外を指揮している。
隊士を総動員する大きな事件の場合、土方と近藤が別行動であることくらい沖田だってわか っているが、わかっていても腹が立った。なんでここに居なかった。自分もアイツも。

というか一緒に行動してた隊は何隊だ。
覚えとけよ。

近藤に肩を、というよりも背中を貸しながら沖田は、自分の中に、さっきよりも静かにしか し激しく、怒りが渦巻いていくのを思った。

大きな溜息と呻き声が聞こえて、近藤の体重が沖田の背にかかる。
そうしなければ立っていられないほどキツイのだ。
なのにこの人は。

「横になりやしょう。ケガ見せて下さい」

近藤の体重を預かったまま、振り返ろうとすると、近藤の手が沖田の肩をつかんだ。

「イイ」
「ダメです。死ぬつもりですか?」


沖田は近藤を、強い意志の篭った目で睨みつけた。

記憶にある限り、自分がこの人を睨んだのははじめてだ。
それにしてもこの人は自分の命を軽く見すぎている。

「死なねェよ」
「そんなに血の臭いさせて?」

近藤が小さく笑う。幾分か声に元気が戻っていた。
おそらく沖田が側に居ることで、近藤に気力が戻ったのだろう。
そういう男なのだ、近藤勲という男は。

それが沖田には辛い。

近藤のそういう所が好きで尊敬している。
けれどこの瞬間はそんな強がりやめて欲しいと正直思う。

おそらく一緒に居た隊士にはなんだかんだ誤魔化して、やることをやらせたのだろう。
自分の怪我は隠し果せて。
馬鹿だなァ近藤さん。


「下にいきましょう。下に行けば車があるはずでさァ。病院に」





「総悟」



沈黙があって、近藤が沖田の名を呼んだ。

ああ、しまった。

沖田の身体がはねた。

この声だ。
この声はマズイ。

沖田は身体を強張らせる。
きっと近藤は何か無茶を言うだろう。

自分が嫌がるようななにか。

でも、この声で名を呼ばれると誰も逆らえない。

俺も、アイツも。
どんな隊士だって。

それは凛とした、反論の余地など無い、威厳に満ちた、声だった。

この声を、この意志を、この強さを知っているのはこの人の隊士だけだ。




「はい」



沖田は、彼を知るものなら目を疑うような、従順そのものといった態度で、近藤の呼びかけ を受けとめる。


「俺を窓際に連れて行ってくれ」



そんな青い顔で。そんな掠れた声で。そんな痛みを堪えて引きつった表情で。そんなそんな そんな。

今更アンタが出る幕でもねェですよ。
もう直に片付きます。大人しくしてて下せェ。

言いたいことはいくらでもあるのに、声は、喉の先っぽに引っかかって外へ出ない。

沖田は、顔だけを近藤の方に向け、せめて、もう一度、近藤を強く睨んだ。


「頼むよ総悟。お前だけが頼りだ」

「死なねェって約束して下さい。意地でも死なねェって。様子みたら、ケガちゃんと見せて 下さい」

「ああ」


沖田は黙って歩き出した。
満身創痍の近藤は酷く重たい。

沖田は泣きたかった。



近藤の側に寄った時、とっさに観察した感じでは、近藤の傷は致命傷というわけではない。
ただし軽い傷でもない。れっきとした重症の類だ。
出血もかなりある。

とても楽天的には考えられない。
出来ることなら今すぐ治療したい。
せめて動かないでじっとしておかなければ。

そう判断した。


なのに、ぬけぬけと自分は近藤の言うことに従っている。
馬鹿か、俺は。
俺にとって大切なのはこの人だけなのに。


なのに俺は。




言われるがままに窓を開けると近藤が身を乗り出した。



「中は片付いた!残るは外に逃げ出した奴らだけだ。お前ら気張っていけよ!!」




大きな声。

外からは見えないような位置で肩を貸しながら沖田は、近藤の震える足を見ていた。
近藤の右の足元に滴った血が溜まっている。

もうやめてくれ。

しかし窓の外で、士気が確実に変わっていた。

近藤さん。

沖田は、近藤が大声をあげている間動かなかった。動けなかった。



士気が変わり満足したように近藤が頷いたので、タイミングを見計らって沖田は窓を閉めた。


肩を貸して近藤をその場に座らせると、黙々と沖田は作業を開始した。
近藤は、さすがにもう喋る元気も無いのだろう荒い呼吸音だけが部屋に響いている。

ズボンを脱がすと右の太ももにひどい傷があった。沖田は自分のスカーフを裂いて止血する。
それから上着を脱ぐと近藤の足元にかけた。
近藤の上着の前を開けてスカーフを取り、シャツの第一ボタンをあけて、呼吸しやすいよう にしてから、上半身の外傷を確かめる。
血がついているのは返り血のようだ。大きな外傷はない。
しかし近藤の額には酷い汗が浮かんでいた。

「骨、折れてますね?」

「ああ、アバラ2・3本は」

「笑い事じゃねェですよ」

「面目ねェ」


なぜか沖田は近藤の目を見ることが出来なくてただ、近藤の手当てに没頭しているふりをし た。

どうして近藤さんはいつもどうしてこうなんだろう。


沖田は確かに、そういう近藤が好きだ。
こんな時まで隊の事、他人の事ばかり考えてる近藤の事が。

しかし同時に寂しくもあった。
近藤の覚悟はいつだって誰にも揺るがされない。

99%お人好し成分で出来ている近藤の、1%。
鋼鉄よりも硬い、揺ぎの無い1%。




沖田に今できることをおおよそ済ました頃、少し楽になったのか近藤の呼吸も大分落ち着き だした。
痛むのだろう。目が疲労でトロンとしている。


だけど、この人、俺たちの前では、一応は、丸出しなんだよな。


痛みも、苦しみも、揺ぎ無いものも。

それだけがせめてもの救いのように思えた。


沖田は、掌で近藤の額の汗を拭った。
近藤の表情が和らいで彼が、彼らしくない弱い微笑を見せた。


「もう大丈夫ですぜィ」

沖田は、できるだけ優しい声を出すように努める。
かって病気で寝込んだ時、近藤がそうしてくれたように。


数分前から大きな足音がいくつかここに向かっている。
大方、近藤の様子が普通じゃないことに気づいた土方あたりが、救護班を差し向けたのだろ う。
もう大丈夫。
この人は簡単には死なない。
それくらいは俺だってちゃんと知っている。

でも


沖田はギュッと近藤の手を握った。



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近藤さんの男前すぎる男前さ
普段からはきっと想像もできない気がします