近藤勲の1%(&)


今夜は満月だったのか。



杯を片付け、自室に戻るため廊下に出た土方は、夜空が常に無く澄んで見えたので、なんとなくほっとして、煙草をまた袂から取り出した。

一本咥えて火をつける。
不思議な心持の夜だった。

煙を肺に入れると、軽く眩暈がした。
今頃になってようやく指先が震えている。


近藤さんがしばらくの間絶対安静である以上、自分が倒れるわけには行かない。
休むのも仕事の内だから、今夜は考えるまいと思っていたのに。




眠れそうにねぇな。




指の震えは止まらなかった。



土方は煙草を咥えたまま両の腕を袂にしまった。
屯所はしんと静まり返っている。
廊下を渡る。
満月の光が、静かに、屯所を、静かに満たしていた。



病院送りになった隊士が何人も居る。
常に無く負傷者は多い。

そして何より
近藤さんの怪我。



人員配置のミス、作戦の甘さ。
情報の分析不足については、言い訳の仕様が無い。



土方は立ち止まり、キツク瞼を閉じた。
大きく息を吐いて、目を見開き、煙草をもみ消す。





「クソッ」






小さく呟いて角を曲がった。





「あら、お疲れ様」




廊下を曲がった所で、思わぬ人間と目があった。
薄紫の着流しが、月の明かりを受けて、寂しげに光っているように見える。
まさかこんなところに人が居るなどと想像もしていなかった土方は驚き僅かに狼狽した。



「こんな所で何を・・・」


言ってから野暮だと思った。
廊下に腰掛け、庭を眺めている彼の掌には酒が握られている。

その左腕が負傷していることを土方は知っていた。

男は黙ったまま、ただ、土方を一度見て、視線を庭に戻した。


「ああ、いや・・・・・・眠れないのか?」



男は、今回の作戦の先鋒をつとめた隊長だった。



「ええ。まぁね。局長は、どう?」


「今は大分落ち着いた・・・総悟に何か言われたか?」



近藤の壮絶な戦いも間違いなくに目の当たりにしただろう。


「いいえ、ちょっと睨まれただけよ。いい子よね総悟ちゃんは」


それどころではない。本人だって凄惨な戦いの場に居合わせたのだ。



「そうか」




もう一服するか。


土方はまた袂から煙草を取り出した。
火をつけて、吸い、紫煙を吐き出す。



「悔しいわね」


土方の方ではなく、満月を見つめて、彼が、顔を上げた。
青白い光で、白い肌が浮き立っている。


「うちの子もだいぶやられたわ」



返り血を浴びて出てきた男の姿が土方の脳裏に浮かんだ。
酷な仕事だと思わずにはいられない。
投げ出された左腕も。

土方の指先はやはり震えている。



「もっと、せめてあともう少し、強ければ、もっと楽に勝てた。もっと沢山のものを守れた。切らなくてもよかった子を切ったわ。それにね、あの人を、あんな目にあわせずにすんだ」


彼が、ギュッと唇をかんだ。



最前線に立てば、己の弱さを、見せつけられる事がある。
特に今回のような下手な作戦の時には。

一人一人の力や負担がいかに大きく感じられるか。


任務に当たりも外れも無い。
けれど、今回の彼の役は確かに外れ役だろう。


土方もまた眉を寄せる。

土方の中にだって、もっとせめてあと少し、と叫び声をあげる自分がいる。




「悪かったな」




正直な言葉だった。
しかし不適切な言葉だ。
だから言うつもりなどなかったのに、それは、漏れた。
昔馴染みに少し油断が過ぎた。と土方は、また苦い顔をする。


彼は、驚いた様子を隠そうともしないで、土方を真っ直ぐ見つめ、肩をすくめた。


「聞かなかったことにするわ」


真っ直ぐに向けられる視線の奥、哀しみに満ちたその目の奥に、土方も、よく知っている、強さを垣間見る。


あの状況で、己の任務を遂行するのには恐らく勇気がいっただろう。

あの目、あの声、自分の名を呼ぶ―彼の場合は叫び声だったかも知れない―あの力強い声。




「そうだな。すまん。忘れてくれ」



らしくない土方の言動を、さらりと流して、にっこりと微笑みを浮かると、彼は立ちあがった。
着物の裾をなおして、また土方の目を見つめてくる。
今度は随分挑戦的な視線だ。
意味ありげで挑戦的な気配を土方に向けたまま、彼が土方の横を通り過ぎていく。

そして、すれ違いざまに言った。




「大将に惚れてんのはね、何もアンタたちだけじゃないのよ」





だから、這いつくばってでも、前に進む。



薄紫の背中は、とても逞しく見えた。








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オカマっぽい人、オカマだといいなと思っている人、オネェ口調だと決め付けているあの隊長さんはなんて名前なんでしょうか
真選組はみな局長に惚れている。私も