営みのある朝



目を覚ましたらそこが知らない場所で、隣に大きすぎる図体が眠っていたらそりゃ誰だってビックリするんじゃねェーかなぁと俺は思うわけだ。
しかもその上自分は裸で、寝ているベッドはきっちり一人分の狭いシングル。何の奇跡で、こんな狭いベッドに大の男が二人も寝ることが出来たのだろうか。まったく世の中は安い奇跡に満ちている。

(こういう場合先に目を覚ました方が負けだよなァ)

俺は、幸せそうに上下する近藤の肩や、肩甲骨や、背中の筋肉を見つめてはぁーと深い溜息をついた。それから、そういえば、この男もマッパかどうかを確かめていないということに気付く。俺の方は自慢じゃないが素っ裸だった。目を覚まして、ツッコミ所満載の状況に驚いて、布団をめくって息子と対面してまた驚いた、ところだ。
幸か不幸か、腰は痛くないし下半身もだるくないので、ビジネスホテルと推察される部屋のシングルベッドで、男が二人裸で寝ているという状況から推測される、最もありがちでありえない事態は起こらなかったらしい。とかく布団をめくって近藤のケツを見た。近藤のケツはセンスを疑う様な赤いトランクスに包まれていた。赤い生地に小せェワンちゃんがてんでバラバラの方向を向いてプリントされていた。
俺はまた溜息をついた。安堵したのか落胆したのかは自分でもよくわからなかった。


「あー糖分が足りねェ」


俺は、動く度に芯の方がズキリと痛む頭を抱えた。二日酔いだった。近藤に肩を借りて千鳥足で往来を歩いていたのを微かに覚えている。だが、何度頭を捻ってもそこから先はこれっぽっちも覚えていなかった。
近藤は、相変わらず幸せそうな寝息を立てている。布団をめくったせいで剥き出しになった身体が、規則的な呼吸にあわせて揺れていた。間近で見るとさすがにいい身体をしている。肩や、二の腕や、背に、所々傷があって、それは、暢気そのものの男が身を置いている、殺伐とした仕事の事を少し想像させた。

ふぁ〜あ〜。

欠伸が出た。眠る近藤の背を見ていたら、眠たくなってきた。今何時だ?6時半。母ちゃんあと30分。
帰り着くのは、新八がもう来てる時間かも知れない。そうしたら俺、アイツに怒られるだろうな。あークソ近藤め。
そういえば近藤は仕事大丈夫なんだろうか。俺は、部屋の隅に干されている近藤の制服をみた。つーか俺の服は?それにしてもなんでお前だけパンツはいてんだよ。近藤め。 思考がてんでバラバラで、支離滅裂なのは、恐らく二日酔いのせいだ。と思いたかった。 あークソ起きよう起きよう。頭がおかしくなりそうだ。起きよう起きよう近藤を起こそう。
俺は苛立ちに任せて、近藤の頭でもはたいてやろうかと思ったが止めた。それは、あまりにも気の利かないやり方に思えた。
どうせなら、どうせなら、うんと面白いほうがイイ。
例えば、裏声を使って耳元で名前を呼ぶとかそういうのはどうだろうか「勲さん」「勲ちゃん」。
それともとりあえず寝ている間に額に「肉」と書いておくべきか。あーそういうことならとりあえずパンツだって脱がすべきだ。
なんでお前だけパンツはいてんだよな。俺は近藤のケツに鎮座している小さい犬をにらみつけた。
とりあえず、俺は、気の利いた起こし方より男のプライドを優先させる事にした。俺だけ素っ裸だなんてなんか癪だ。ゴリラの癖に文明人気取りやがって。
パンツの縁に両手をかけて一気にずりおろすことにする。生身の肌に触れると近藤の体温は思った以上に温かくて、ちょっとだけドキリとした。
「う〜ん」
不意に近藤が声をだした。俺は驚いて近藤の顔を見た。なんだ眠っている。今の声ちょっとセクシーだったよな。なんてバカか俺は。バカはコイツだ。
俺は今の近藤の間抜けな声で拍子抜けしてしまって、パンツを脱がす気がなくなってしまった。
でも、何もせずにこのまま引くのも癪だしなぁ。
あーもうこうなったら・・・。
それで俺は、近藤のケツを鷲掴みにした。
そして、そのまま、ノリと勢いにまかせて、思いっきり卑猥に、出来る限りいやらしく、近藤のケツを揉んだ。

「アッ、え、エエ??」

しばらくすると、近藤が間抜けな声を出して目を覚ました。

「チョッ、えええ??銀時ィ??!」

「おう」

近藤のケツは予想外に柔らかく弾力があって気持ちよかったので、俺は手の動きを止めない。

「チョッ、お前っ、な、何スんッ・・!」

中指を押し当てると近藤が身悶えした。
面白いっつーか可愛いとか一瞬思ってしまった。ヤべェ。

「ヤメッ、ヤメロ。チョッ、バカ、ヘンタイ!!」

「起きたか?」

「起きた起きた起きたってば!」

近藤が苦しそうに叫んだので、俺はすっかり満足して手を離す。
ああ、愉快愉快。

「あークソ。なんだ今の。銀時お前なんかもうちょっと別のやり方っつーもんがあっただろ?」
「お前だけパンツはいてるとかありえねーと思うんですけど」
「エエー!!そんな事で今の仕打ち?」
「そりゃあそうでしょ。それが落とし前っつーもんでしょ」
「落とし前って・・」

近藤は俺を睨んで、立ち上がった。
警戒心が足りてねェよなァ。俺は思ってこちらに向けられた近藤のケツをもう一度撫でた。

「銀時!!」



***



「お前のせいで散々な目にあった」


帰り道、近藤はまだブツクサと文句を垂れている。
昨夜酔っ払った俺を担いで、歩いていたら雨が降り出した。
「終電の無い時間だったしタクシーを拾って帰るつもりだったのに、お前こけて中々起きあがらないからさー、ビショビショでタクシーも捕まえられないし、ホテルには断られるし、3件まわって、部屋空いてないっつーのをなんとか頼み込んで泊まらせてもらったのに、お前ときたら」
風呂場に脱ぎ捨てられた俺の衣服は確かに救いようが無いほどびしょ濡れだった。
結局あの後近藤が、俺の服をコインランドリーで洗ってきてくれて、俺たちはようやく帰路についたというわけだ。こいつやっぱりお人好しだな。

「悪ィ悪ィ。でもまぁお前もちっとは気持ちよかっただろーが」
「いいわけないだろッ!!!」

近藤の大きな声にすれ違ったサラリーマンがギョッとしてこちらを見る。
そりゃそうだ。ちょうど出勤時間に、何をしているのかわからない風体の、いい歳したの男が二人並んで、ブラブラ歩いてるんだからな。

「まったくお前は。自由でいいよなぁ」
「そりゃドーモ。お前今日仕事?」
「残念ながら。トシからお怒りメール入ってたし、帰ったら怒られるんだろーな」

はぁぁ。
溜息ほどには緊迫感の無い声で近藤はそう言った。怒られるだろうな。怒られるだろう。俺なんて昨日連絡もしてないし、ついた頃にはとっくに出勤している新八に愚痴られるのは目に見えてる。

「だなー帰ったら怒られるなー」
「誰のせいだと思ってんだ」
「さぁー」

なんて言い訳するかなー。だるいから近藤のせいにしておこう。

「なんて言い訳しようかなァ」
「妊婦さん助けた事にしとけ」
「えー。もう昨日泊まって帰るって連絡しちまったよ」

それじゃあ言い訳のしようがない。

「馬鹿だなお前」
「うるせェー」

近藤が口を尖らせたので俺はついにおかしくなって笑った。笑い出したらなんだか、今朝起きた全ての出来事が、やけに馬鹿馬鹿しくて可笑しくてしょうがないような気がしてきて腹を抱えて笑う。
唖然として俺を見ていた近藤もそうのうちに可笑しくなったのか笑い出した。
向こうから歩いてくるOLが明らかに不審者を見る目つきで俺たちの横を通り過ぎて行った。
まったく何が悲しくて世の人々が健全な営みを始める朝に、可愛くもなんともない男と二人っきりで道を歩いているんだろうか。

「朝帰りの理由がよォ、お前だなんて情けねぇ」

一通り笑った後、溜息交じりに呟いてみたら、近藤は「こっちのセリフだ!」とむくれた。
安いビジネスホテルの狭いシングルベッドの上で、何をするでもなく酔っ払ってすごした夜がそれなりに貴重に感じるなんてどうかしている。
愛でもない、恋でもない、肉欲でもない、挙句の果てに友情でもない、そんな男と。

「じゃあな」
「おう。またな」

なのに、道を別れる瞬間、不本意ながら少しだけ別れ難い気持ちになるのだから、人生って妙なもんだ。

一人になって見上げた空は青かった。


良い一日になりそうだ。







戻る

銀近とはいえない、これぐらいの距離感の銀さんと近藤さん好物です。グダグダの会話を何時間でもしてればいいと思います。そんでトシに嫉妬されればいいんだ。