「あっ・・・・」
「・・・ふっ・・・・く・・」
「やっ・・・」
(煙い)
男が二人密着するには熱すぎる湿っぽい空気の中で、
押し付けられた壁がギシリと軋むようなほの暗い部屋の隅で、
(苦い)
トシに強引に唇を奪われながら
(トシの奴いつの間に煙草なんて覚えたんだ)
場違いな事を考え込んでいた。
(未成年のくせに)
戯れに
稽古支度を片付けて、今日は早めに切り上げようと廊下に出たとこで、朝から姿を見ないなと少し不満に思っていた、想い人の背中を見つけた。
「近藤さんどこ行ってたんだよ」
当然、声をかけてから帰ろうと近付いて、振り返ったその人の雰囲気がいつもと違う事に気が付いて、俺はなんとなく気分を害す。
「おお、トシ。今日はもう帰るのか?早いな」
「アンタが居なかったからだよ」
「悪いな。ちょっと用事があって・・・」
暗に不在を責める自分の言葉に口だけの詫びを言う近藤さんの心は此処にあらず。
今日は一日顔を見なくって、ただでさえ不機嫌だってのに、この扱いは無いだろう。
それが面白くなくって俺は、近藤さんを問い詰めようと二人の間の距離を縮めた。
「な、なんかあったわけ?」
俺が手を伸ばした瞬間に、心なしか逃げようとした近藤さんを見つめて、逃がすまいと、いつも戯れのふりでするように近藤さんを抱きしめた。
「な、なんにもない!!」
ありました。と白状するよりもさもありなん。な顔つきで近藤さんが否定の言葉を発す。
嘘のつけない人だな。と感心したけれど、刺々しい気持ちには拍車がかかった。
ぷいと明後日の方を向いた近藤さんの横顔を見つめると、赤くなっていた。
視線がうろうろと彷徨っている。
何も言うまい。と決意をこめてキュッと結ばれた唇は赤く、キスしたい衝動に駆られた。
「何があったんだよ?いわなきゃキスするぜ?」
「そ、それは絶対ダメ!!」
キスという単語を発した途端、近藤さんの顔が真っ赤になって、まさかそんな反応をすると思わなかった俺の虚をついて近藤さんが俺の腕の中から逃げ出す。
「ちょ、待て」
慌てて追いかけて、袖を掴んで、直ぐ側の部屋に引きずりこんだ。
「で、何があったわけ?」
引きずり込んだ部屋で、明かりもつけずに、近藤さんを逃がさないように壁に追い詰めて、問うた。
黙秘を決め込んだ近藤さんが、口を尖らせて、俺と目が合わないように、顔を背ける。
「俺にも言えない様なこと?」
少し悲しそうな声を出すと、近藤さんが困ったようにこちらを見てきた。
優しい人だ。瞳の中で迷う気持ちがぐるぐるしているのが見て取れる。
「心配させるの?俺を」
ズルイな。と、思ったが、隠し事はされたくなかった。とびきり悲しい声をだす。
「と、と、と、トシが心配するような事じゃねーよ」
「じゃ、何?」
「・・・・・・それが・・・」
真っ直ぐに目を見ると近藤さんは耳まで真っ赤になって目を瞑った。元来無防備な所がある人だ。こういう面他所で見せてなきゃいいんだケド。
「それが?」
「・・・ってそうだ、別にトシに言っちゃいけねー事ねぇよな!!」
それから急に開き直ったように目をパッと開ける。くるりと黒目が動いて可愛いと思った。
「いいか、聞いて驚け、トシ、近藤勲はついに男になったぞ!」
「は?」
開き直った途端、さっきまでとは打って変わって、本当は喋りたかったんじゃねーかといぶかしむほどウキウキとした口調になる近藤さん。
「どういうことだよ?」と聞く前に近藤さんが口を開いた。
「な、なんとな、女性と、き、キスをしたんだ!」
「あァ?」
近藤さんの発言は予想もしないものだった。
俺は驚いて、不機嫌を隠せずに声をあげる。
「ファーストキスだったんだがな。トシよー女性の唇って柔らけぇなぁ」
俺の不機嫌に気付かない近藤さんは、
うっとり
照れて真っ赤になってとびきり優しくて幸せそうな顔をした。
うっとりじゃねーし!!!
「はぁぁ!!誰とだよ?」
「お初さんってご存知か?」
「あ゛ー!クソッあんの大年増!」
「コラ!羨ましいからってそんな事言うもんじゃありません」
羨ましい。確かに羨ましいけど、アンタがじゃなくて初とかいう女が羨ましいんだ。
近藤さんのファーストキス奪いやがって!
「ふっふっふ。もうトシにだけ大きな顔はさせられねーな」
「ついに俺の時代がきたか」と調子に乗る近藤さんを横目に俺は、自分の中で抑えきれない苛立ちが大きく膨れ上がるのを感じた。
言っておくが、元々女好きな近藤さんから女を遠ざけるために、俺が日ごろどれだけ苦労して裏工作してるか。
近藤さんはこの調子で誰彼かまわず優しいし、鈍感だし、その上剣握ってるときの顔なんか見惚れるほど凛々しくて、こんな片田舎だ、本当はもてない筈がない。
だけどこの人こんなだから、悪い女に騙されてみろ。立ち直れないほど泣いてその癖女のこと責めることができなくて、ボロボロになっちまう。
だから俺(と総悟)は、半ば躍起になって、近藤さんに近付く悪い虫を追っ払ってるというのに・・・。
なのに、あんな年増女に近藤さんのファーストキス奪われちまうなんて!!
「あー麗しのお初さ〜ん」
ブチッ
「ん、んんん!!」
人の気も知らずに近藤さんは幸せそうで、気がついたら俺は、近藤さん押さえつけて唇を奪っていた。
「あっ・・・・」
「・・・ふっ・・・・く・・」
「やっ・・・」
くぐもった声がじめじめとして埃っぽい部屋に響く。
唇をあわせた途端、なにもかもがどうでもよくなって、俺は本能の命ずるままに舌をさしこんだ。
ゆるゆると抵抗する近藤さんの力は弱く、口腔を貪ると気持ちいいのか目を瞑って体を小さく振るわせる。
長い長い口付けの果てに、唾液が糸を引いて、虚ろな瞳でそれを見つめてハッと赤くなる近藤さんを最高に愛しいと思った。
ところが幸せもつかの間、ドーンと突かれて、後ろによろめいて尻餅をついた所で、俺はようやく我に返った。
「あっ」
自分でもどうしようもなく間抜けな声がでた。
我に返ると恥ずかしくて情けなくて申し訳なくて、居たたまれない気持ちで近藤さんを見あげた。
近藤さんは怒っていた。
ああ、何もかもが終わったかな。
そう思って、体を強張らした。
「トシィ!!お前、いつの間に煙草なんか吸い始めたんだ!!未成年の癖にっ」
「つーか、苦い!!不味い!!煙い!!」
怒声を上げて怒鳴り散らして、くんくんと自分の着物を嗅ぐ。
「あー!!トシの馬鹿!!なにもかも煙草臭ェじゃねーか」
怒る所を間違えてねーか・・・。と思ったが恐くて口にできなかった。
「悪い」
「悪いじゃねーよ!!今の今まで桃の香りがしてたのによ〜」
「桃?」
「そう桃。お初さんは桃の香のする麗しいお嬢さんだったよ」
「・・・そんな女いるか」
「あー!!信じてないな。お前。本当だぞ?いい匂いだったんだぞー・・・それをお前はよぉ〜」
心底残念そうな声をだしてはいるが問題はそういうことなのか??
くんくんと再び着物を嗅いで近藤さんが叫ぶ。
「あークソートシの匂いがする〜煙草の臭いもする〜トシくさいィー」
俺はなんとなく目の前の男が信じられない生き物のような気がして目を瞬かせた。
「なんだよ俺臭いって!!」
「嗅いでみろ、トシ臭いぞ。ほれ」
そういって袖を差し出し近付いてくる近藤さんは、また俺に押し倒されるとかそういうことは微塵も考えていない油断した面をしていて、俺は男として少し悔しくなって、差し出された腕を引っ張り近藤さんを倒した。
そのまま圧し掛かり抱きしめると、下敷きになってる近藤さんが大暴れをする。
「な、何すんだよトシっ」
「マーキング」
全てが戯れだと思っているのなら、好都合、それを利用するまでだ。
煙草の臭いも何もかも心地良いと思ってもらえるまでいくらでも。
桃の香なんかよりも断然いいと思わせてやるから近藤さん。
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トシが別人なのは若さゆえ。年を降る度に臆病になる土方とか萌え。初チュウの相手に悩んだ。年上が似合う!と思い込み創作。5つくらい上の姉さんにチュッと戯れにいかれたらいいんじゃないだろうか。
ぽん様ありがとうございました。遅くなってすみません。