甘えたいのは

静かな昼下がりだった。気候は麗らかで、じっとしていると今にも瞼が重く垂れ下がってくるようなそんな春の日だ。

「おーい総悟よォ」

しかし不意に、春の穏やかな静けさは、打ち破られた。
廊下の方から、ドタドタという足音と、総悟を呼ぶ近藤さんの猫撫で声が聞こえてきたからだ。
近藤さんがこんな風に総悟を呼ぶときは、決まって少し寂しい時だった。
隣の部屋の障子を開け閉めする音が聞こえたかと思うと、足音の主が探し人をもう一度呼ぶ声がする。

「おおーい総悟ってば」


呼ばれた総悟といえば、何の嫌味か、俺の部屋で寝そべって煎餅を貪り食っていた。

「お前呼ばれてるぞ」
「聞こえてまさァ」

俺の親切に、間髪居れずそう返事をしたムカつくクソガキは、言葉とは裏腹に寝そべったままだった。ハァと溜息を吐く。そうしてる間に背後で障子が開いた。


「お、いたいた総悟。やっぱりここだったか。っつーか呼んでるんだから返事くらいしなさいってば」

いつもは「トシ」と俺の名を呼んで俺の部屋に入って来る近藤さんが、クソガキを探してクソガキの名を呼んで俺の部屋に入ってくるのはいい気分でなかった。自然、眉間に皺がよった。背を向けている近藤さんには気付かれなかったようだが、こちらをチラリと見て総悟が薄く笑ったような気がした。本当にいけ好かないガキだ。

「遊ぼう」と言いたげな気配で(仕事をしろどいつもこいつも)、近藤さんが総悟に近付く。
近藤さんが直ぐ側に来ても、総悟は、顔も上げずにテレビを見ていた。

「総悟〜」
「今忙しいんでさァ。用なら後にしてくだせェ」

にべもなく、取り付く島もない総悟の態度に、近藤さんがしょ気たのがわかった。
振り向くと近藤さんが「そんなこと言わずにさぁ」と、総悟をつついていた。総悟は不機嫌だった。

(なんだよ、もったいねぇなぁ)

暇なら(暇な筈がねぇんだけどあの人)俺と遊ぼうぜ。と言葉が喉元まで上がってきたが止めた。こんな日は総悟でなくちゃならねぇからだ。
とはいえ、総悟の不機嫌には少しだけ、ほんの少しだけ同情の余地があった。近藤さんは総悟を甘やかしたいのだ。それも小さい子供か犬猫をあやす様に一方的にベタベタと。
だけどそれは、自分を一人前の大人だと早く認めて欲しい総悟には我慢ならない。
そんな意地こそがガキの証拠なんだが、まぁ、その気持ちは解らないでもなかった。

「なぁなぁ」と膝を抱えて総悟に構って貰いたがっている近藤さん。
これではどちらが子供かわかったもんじゃない。

「もー」
とあくまで近藤さんをうっとおしがるスタンスを貫き通す気の総悟が、思春期の少女がお父さんを邪険にするかのような仕草で、近藤さんの手を払いのけた。
近藤さんはガッカリした様子だった。総悟はやはりドSだ。

「なぁ近藤さん」

仕方が無いので、あくまで仕方ないので、俺は近藤さんに声をかけた。

「俺でよかったら相手してやろうか」

ハッと俺の顔を見つめてきた近藤さんは、ちょっと傷ついた目のままコクリと頷いた。
抱きつかんばかりの勢いで立ち上がった近藤さんを見て、俺は、総悟の意地っ張りのおかげで おいしい役回りが回ってきたと思った。

しかし、その思惑はやはり総悟によって阻止された。

「近藤さん。土方さんの仕事の邪魔しちゃいけやせんぜィ。アンタ局長なんだから。仕方ねェなァ遊んであげまさァ」

俺の仕事の邪魔をするなだって?どの面下げて言ってやがんだ総悟の奴・・・。

総悟は、さっきまであれほど嫌がっていたのが嘘のように、近藤さんの服の裾を掴んで微笑んだ。それから俺の方にチラリと視線をむける。

キッと睨みつけてやると、総悟はいつもの仏頂面下げて近藤さんに抱きついた。

「おーよしよし。うまい饅頭があるんだがな総悟」
「じゃあ土方さんの邪魔にならないようにあっちで食べやしょう」

クソォォォォ

「ウルセェ!!早く出て行きやがれっ」

目の前でイチャつくんじゃねぇよコノヤロォ・・・・・・


二人が出て行くと部屋の中は急にまた静かになった。

近藤さんは、本当は、もうとっくに総悟が一人前になりつつ(まだなっちゃぁいねぇ)ある事を 知っている。でも寂しいんだ。
奴はもう幼い子供ではないし、まして甘やかされたいなんて望んじゃいない。
そんなことぐらい知っているけど、でも甘やかさずにはいられない。
それは自分のエゴだと承知の上で。

それはお前が聡明なガキだからなんだぜ。総悟。


そして、お前以外の誰にもできない――


あークソ。なんで俺は敵に塩を送るような真似を・・・

やっぱ邪魔しに行こう。

気持ちを切り替えて俺は立ち上がった。
そして、ベルトに何か引っかかっていることに気付く。
見ると、手錠と鎖で俺は机に繋がれていた。

アイツいつの間に!!


「ぁんのォガキィィィッッ!!!」



 

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以上をもちまして企画終了。多謝!!