硬く握られた拳が自分の目の前を音をたてて通り過ぎた。

一瞬何がおきたのか理解できなくて
瞬きを繰り返す間に、
ボカッと鈍い音がして、
唾を飛ばして喚いていたはずの巨体が吹っ飛ぶ。


「最初は、グー」




沈黙を決め込んだ土方は、モクモクと煙が天に昇っていくに任せてその場をやり過ごしている。
土方が動かない以上、自分が動くわけにはいかない近藤は、静観を余儀なくされて、時折退屈そうに欠伸をかみ殺して女に睨まれたりしている。

(トシにすりゃぁこういうのは日常茶飯事で、なんでもないことなんだろうけど・・・)

土方に惚れているらしい女が、土方につれなくされたとか何とかで巨体の男をつれて、自分たちの前に現れて小一時間が経とうとしていた。

(実に食えねぇ茶飯事だなコリャ)

どうせ毎日食うなら美味い茶と飯がいいってもんだ。と思考の論点をずらして近藤は、もう何度目だか忘れた欠伸をかみ殺してまた女に睨まれた。

近藤は思うに、どうして「女がトシに惚れている」という話に、関係のない男が割り込んできて、さも正論ぶって口角沫を飛ばしているのだろうか。そういうことはつまり当の本人とトシとの間の問題であって、第3者が口を挟むべきことではなく、しかもその上これは女が一方的にトシに惚れたという話であって、トシには非がないのではないだろうか。

(この男がお嬢さんの親父さんだってなら話は別だが)

男の唾が顔にかからないように注意深く横目で男の顔を覗き込んで、さらにその目で女の面を拝んで、また再び女に睨まれてバツが悪そうに肩をすぼめた近藤は、今日はいい天気だな。とか宙を見上げてそういう関係ないことをまた思う(欠伸が出る)。

(あんま、似てないなー。っていうか全然似てねーな)

隣では土方が4本目のタバコを咥えた。

(女結構可愛いなぁ。でもお妙さんには適わねーって当たり前か。ああ、お妙さん。美しい女(ヒト)。お妙さん、元気かなー。会いてーな。目の前通らないかな)

ぼんやりとしてはいるけれど近藤は、タバコに火をつけた土方が一瞬苦そうな顔をしたのを見逃さない。
それはけしてタバコの苦味などのせいではなく。

(モテるってのは結構大変なんだなー。羨ましい気もするが)

男の罵倒も女の馬鹿に鋭い目つきもさっきから一向に衰える気配がなかった。

(聞いちゃいねーだろうし気にしちゃいねーだろうけどトシだって人間だからな・・・)

こんないい天気のこんな街中で色恋のゴタゴタに巻き込まれちゃあ気も滅入るだろう。

「なぁトシもうそろそろいいかなぁ」
「悪ィな近藤さん。巻き込んじまって。けどよ、いいも悪いも向こうさんが終わってくれないことにはな」
「俺はお前にもういいかって聞いてんだ」
「なんだよソレ。そりゃもうイイヨ。腹いっぱいだぜ」
「そっか」

「テメーら喋ってねーで真面目に人の話を聞きやがれ」

この場合、男はきっと自分達があまりに大人しく話を聞いているので悦に入ってしまっているのだろう。
酷く高揚した演説振りに土方は、失笑を禁じえない、と思う。
先ほどから女は男の少し後ろに立って鋭い目つきで自分に反省を求めてきたり、近藤さんを睨みつけたり、全くもって鬱陶しいことこの上ない。

(大体どこであったかも覚えてねーよテメェなんざぁ)

せっかくのOFFに邪魔してんじゃねーっつの。

それでも偏に大人しくしているのは、近藤さんの手前、僕たち真選組が一般市民に手を上げるわけにはいかない。と心得ているからだ。


ところが、

「第一回近藤勲とジャンケンたいかーい。いえぁ。」

棒読みの科白が隣で吐かれたかと思った次の瞬間に、

「最初は、グー」

硬く握られた拳が土方の目の前を音をたてて通り過ぎる。

一瞬何がおきたのか理解できなくて
瞬きを繰り返す間に、
ボカッと鈍い音がして、
唾を飛ばして喚いていたはずの巨体が吹っ飛んだ。

ってオイィィィィイイイ!!

「ナニやっちゃってんノォォォー!!アンタァァっ」

目を丸くしている土方にへへへと笑顔を見せると近藤は女の方を振り返った。
近藤と目が合って、あっけに取られていた女が正気に戻る。

「何すんのよ!ゴリラっ」

「ゴリラ?ぐすん」と呟きながら、けれどもけして、女の迫力に圧倒されずに近藤は女にズイと近寄った。

「そりゃこっちの科白だお嬢さん、恋に火傷はつきものだろ?アンタがトシに惚れたんだ。アンタが自分の口で伝えなくてどうすんの?」

ニシシと笑った幸福な男の笑顔に土方は苦笑を漏らす。

「恋はチリりとした胸の痛みを伴うから"焦がれる”って言うんでしょ?」

恥ずかしげもなく。

「だったらこんなやり方・・・アンタの心に失礼だ」

幸せそうな顔しやがって。

バチン

女の目の前で近藤の両の手が勢いよく合わさって大きな音が鳴り、女が尻餅をつく。

「それに、トシに、失礼極まりねー」

頬が緩む、カラ、近藤さん。




そして半刻。
先程の事など無かったかのように、すっきりした顔で二人は歩いている。

今日はいささか吸い過ぎなタバコをふかして近藤の話に相槌を打ちながら土方は考えている。

あの握られた拳の中にはきっとバカにでっかい馬鹿と、バカにでっかい愛と、有り余る・・有り余る・・





 

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前略 近藤勲様

その手に有り余る勇気はどこから湧いてくるのですか?
                                  
草々