ホトトギス
「ねぇ近藤さん・・・」
他愛ない会話の途中で、ふと、総悟が真剣な顔になった。
「もし貰ったホトトギスが鳴かなかったらどうしやすか?」
こちらをじっと見つめる総悟の眼差しには悪戯な光が見え隠れしている。
唐突で意味深な質問を、沖田総悟という少年は時折する。
他意はない。癖のようなものだ。ガラスのハートだというトシの言葉を思い出して近藤は微笑んだ。
「んーそうだな、きっと、優しくするな」
近藤の答えに驚いたのか、総悟のクリッとした目が見開かれる。
それは一瞬のことだけれど近藤は見逃さなかった。「優しくする」という答えは近藤の正直な意見で、その何に総悟が驚いたかはわからない。それとももっと他の例えば・・・
「アーッハッハッハ」
そこまで考えたところで、目の前の少年が急に腹を抱えて笑い出したので、今度は近藤が目を大きく−それこそ沖田とは比べ物にならない程大きく−見開く羽目になった。
「そ、総悟クン??」
腹を抱えてついには畳に額を埋めて肩をゆすって笑う総悟に近藤は完全に困惑する。
記憶にある限り、総悟がこんな風に笑った試しはほとんど無い。
「あー近藤さん」
近藤の心配は他所に、沖田は一頻り笑うと不意に立ち上がって、近藤の元に歩み寄り、笑ったせいでだろう、いつもより少し温かい手を近藤の頬に当てた。
「俺、近藤さんに出会えてよかったァ」
そのまま、抱きつくようにして胡坐を掻いた膝の上に総悟が乗ってくる。
近藤は今だ?マークを浮かべたまま、ぎこちなく手を沖田の背中にあてた。
「総悟テメェェ!!」
その時だ、スパーンと爽快な音をたてて襖が開き、仁王立ちになったトシが総悟の名を呼んだのは。
トシは自分に乗っかるようにして抱きついている総悟を見ると、なぜだか怒りを倍増させて、
「総悟お前今日という今日は許さねェェ!!剣をぬきやがれェェェ!!」
と、叫んだ。
けれども総悟といえば「チェッもうバレたかァ」と悠長なもので、恐らくはトシの右手に握られている書類を見てだろうペロリと舌をだしてのんびりと立ち上がる。
「何をそんなにお怒りで?」
「ふざけんなお前!あんだよ?この報告書は!!それとっ・・・・」
最初は威勢の良かったトシの科白は、途中から急にモゴモゴとお茶を濁すようなものになって、最後の方は聞き取れない。
それでも総悟などはトシが何が言いたかったのかわかったようで、例のごとく、不遜な態度でニヤリと笑い脱兎のごとく逃げ出した。
「待ちやがれェェ!!」
トシがバタバタと足音を立てて総悟の後を追う。
一人部屋に取り残された近藤は、嵐のような奴らだなぁ。と妙に感心して背伸びをし、そのまま床に倒れこんだ。
視界に映る天井、まだ体に残っている総悟の感触−それは体重だったり体温だったり−。
目を瞑ると、本当に珍しい総悟の声を立てた笑い声が、自分の中に染み込んでいたのか体中に響き渡るのを感じる。
触れている畳を通して背中に、恐らくはけたたましく、トシと総悟が廊下を走る振動が伝わってくる。
すぐ近くで、隊士達が世間話でもしているのだろうか、とかく話し声が聞こえて、笑い声が聞こえて、まるで鳥の囀りや風の音のように日常を構成する雑多な音と今やなっている、隊士達が生きて生活する様々な音が自分を包んでいることを知る。
(あれはきっと山崎がミントンをする音)
近藤はそっと目を開いて、傍らに置いた虎鉄に手を伸ばした。
鳴かないホトトギスが、何を言い表した川柳なのか、さすがの近藤だって知っている。
武士として三傑に憧れない訳ではない。
それでも、やはり、「天下が欲しいか」と、問われれば、そうではない。と思うのだ(第一時代が違う)。
近藤は虎鉄の柄を強く握り考える。
俺たちは幕府に拾われた身だ。
「恩に報い忠義を尽くすは武士の本懐」小さく呟いて確認する。
自分の、自分たちのあるべき姿を見誤らないように。
剣を無くして路頭に迷った日々の痛みを、近藤は今でもちゃんと覚えている。
それを忘れることは最も恐ろしいことの一つだとよぉく心得ている。
自分にできることはなんでもない。ただ両手に抱えきれる程度のものならば−
守りたい。
それは真選組であり、お妙さんであり、この町の人々であり・・・
手の届く限り全て。というのだって十二分に欲張りなのだろうけど、それでも、せめて目の前にいる困っている奴ぐらいは・・・。
だから鳴かないホトトギスには優しくしたい。
鳴かないからとかホトトギスだからとかそういうことではなくて。それがなんであれ優しさを望んでいるならそうしたいのだ。
例えばそれが天人だろうとしても。
皆ができるだけ幸せに。
それこそそんな図々しくて手に余る願いは無いけれど。
ほんの少しずつならば。
正直に打ち明ければ、剣を無くした時自分は途方にくれた。
男の子だもん。弱音を吐いたりなんてしなかったけれど・・・自分を慕ってくれる野郎共抱えてこれからどうしようって。
それでも結局は何とかなった。
だから、きっと、少しずつならば。
ふと、背中に感じる足音が増えたことに近藤は気づく。
そういえば山崎のミントンの音が消えた。
(今日も平和だなぁ。眠たくなってきた・・・)