三面楚歌
「ねェ近藤さん、ちょいと四字熟語一つ思い浮かべてみて下せェ」
「え?四字熟語?四字・・熟語かぁ・・んーと、そうだな、一心不乱」
「焼肉定食」
「イヤ!神楽ちゃんそれは四字熟語じゃないし!!あ、僕、危機一髪で」
・・・・・・
ここは公園。
ベンチに腰掛けてしばしの休息を取っていた(サボってるのではないとあくまで主張)近藤と沖田は、幾度か目をしばたかせて話に割り込んできた二人の方を見た。
「ホラ神楽ちゃんが四字熟語ちゃんと言わないから」
「じゃ、餃子定食でどうアルネ」
「どうアルネ。じゃねェーよバァーカ」
「フン。餃子定食の価値もわからないなんてホント使えない男ネ」
「まぁまぁまぁ」と噛み合いになりそうな神楽と沖田を抑えて間に入る新八と近藤は互いに顔を見合わせ苦笑し、その瞬間に「新八君も大分打ち解けてくれたなぁ」と近藤は少し感動する。
しかし総悟といえばどうしてそんなことを急に聞くのか?
元より人懐っこい性質の近藤は、それより先に疑問に思うべき神楽と新八の当然の乱入を別段気にすることも無く、浮かんだ沖田への疑問をそのまま口にした。
「ぱっと思いついた四字熟語はその人の恋愛観を表すらしいですぜィ」
まだ少し目で神楽を威嚇している沖田の、二人きりを邪魔されたくないという意思を知らない3人は、沖田のその回答に俄然盛り上がりを見せたので沖田は仏頂面をさらに膨らませて、
(さっさとどっかに行きやがれィ)
と、邪魔者を排除することを考え始める。
第一近藤の答えが沖田にすれば面白くない。
近藤さんが一心不乱になって追いかける恋のお相手というのはもちろんあのお妙さんで、一心不乱であるという事はそこには自分のつけいる隙が無いということではないか。
そう考えるだけでもムカっ腹が立ってくるというのに、おまけに貴重な二人きりの時間を予期せぬ連中に邪魔されているのだ。
(多少のことは許される範囲だろィ)
沖田はポケットを探った。
「エェェ!!ってことは僕の恋愛観、危機一髪って事ですか??!」
「頑張るアルネ歌って戦うアイドルの親衛隊長」
「究極の恋の形だな新八君」
近藤はもうすでに神楽と新八とすっかり打ち解けて、自分もさながら年若い少年のようにはしゃいでいる。
その気安さがより一層沖田の神経を逆撫でしているのも知らずに。
「なかなか面白いアルネ。もっと他に質問無いアルか?」
(もゥねぇーよ)と、沖田は内心毒づいたが、それを言葉にするより早く、近藤の真っ直ぐな眼差しが沖田の方に向けられて、その年に似合わない無垢さに、意固地になっている沖田は意地悪な衝動に駆り立てられるまま
「じゃあ、ねィ、近藤さん。人間に本当に必要なものってなんだと思いやす?」
このお人好しが答えるのに困るだろう哲学めいた問いを投げかけた。
沖田は近藤が理屈ではなくハートで、頭ではなく腹で、物事を決めるタイプだということを良く知っている。
近藤は「必要なものは何か」なんて考える前に、必要なものには手を伸ばしている男で、こういう答えという答えがない質問が苦手なことを知っていてあえて聞くのだ(Sだから)。
それに、餓鬼どもが茶化すか飽きるかしてどっかに行ってくれるかもしれねェ。なんて期待をかけて。
「うーん」
と、近藤の首が酷く大げさに曲げられた。
退屈して今にもサヨナラするかと思われた二人は、予想に反して興味深そうに近藤の顔を見上げている。
思わず「チッ」と舌打ちした沖田の方を神楽が一度見たが、やはりそれきり噛み付いてきもせずに、近藤の言葉を大人しく待ったりして沖田は内心気が気でないのだが、勤めて冷静を装った。
「愛だな」
意外と短時間で近藤は答えを出した。
その途端「フゥ〜」と明らかに落胆の溜息が近藤の両隣から発せられた。
「そうやってワレワレを通じて姉御にコビを売ろうとしてもそうはいかないアル。いい大人なんだからもっと現実の厳しさを知るべきネ」
「うんうん、神楽ちゃんの言うとおり、そういうチープな発想は良くないですよ。第一姉上は愛より・・・」
「エェェェ!新八君その先何ィィ??何が言いたかったのォォ??」
こいつらはそういや万事屋の旦那と年中一緒に居て、過剰に熱い魂の熱量や、クサ過ぎる科白に慣れっこになってしまってるが故に、例えば魂だとか志だとかそういう科白を期待したのかもしれない。
こいつらに同意するなんて御免被りてェが、やっぱりかく言う俺も、「愛」だなんてのはねェや。と思う。
「なんでィ、色恋ですかァ」
明らかに落胆の色を映した俺の科白に、一塊になっていた3人が一斉に振り向く。
近藤さんは困ったように眉毛を下げて
「あれれ、総悟君まで・・・なにコレ?ダメ?愛とかダメ?ナニ、アレ、もしかして3面楚歌・・・」
と、呟いた。
うんうん。と頷く俺たちに挟まれてオロオロする近藤さんは可愛いし、なんか色々懲らしめてやりたいような気がして俺は黙って不本意ながらアイツラに同調する。
「あ、でも、総悟・・別に色恋って意味で言ったわけじゃないよ・・・」
じとーという効果音がピッタリ合うような視線にはさまれて益々小さくなる近藤を哀れに思ってか、新八は優しい笑みを零すと助け舟を出した。
「近藤さん、じゃあ一体どういう意味で言ったんですか?」
飼い主に呼ばれて尻尾を振る犬のようにぱぁっと嬉しそうな顔をして近藤は姿勢を正す。
「んーあのですなーなんて言えばいいんだろう、結局人間はみんなどこかでつながってるっつーか・・・」
「よくわからんアル」
「えーとまぁつまりだな・・」
3人の非難の目が止んだだけでそれはもう嬉しそうに自信を取り戻した近藤は、ぬっと両腕を伸ばして沖田と新八とその隣に座る神楽の肩を抱き自分の方に引き寄せた。
「例えば選択に迷った時、俺は愛で動くようにしたいんだ。なんだろう、煉獄関の件 とっつァんとトシに話聞いたけどよ、お前らだって正義感だけで動いたわけじゃねぇだろ?」
近藤に引き寄せられて、近藤の体温がとても温かいことを実感しながら、どうして姉上が頑なに近藤さんを拒んでいるのかわかるような気がすると新八は思った。
(この人は父上と同じ匂いがするんだ)
「あんなけの事する勇気はよ、道信を先生と慕う子供たちに心打たれたから生まれたんじゃねーか?」
神楽はいつの間に懐から出したのか酢昆布を噛み噛み心地よさそうにしている。
「俺はさ、魂を支える栄養はな“愛しい”って想いじゃねーかと思うんだよ」
少し頬を赤らめて、恥ずかしそうに微笑んで近藤はそう言った。
温かい沈黙の中で、沖田は、自分だけでなく新八も神楽も近藤の腕に抱かれているのがやっぱり気に食わなくて
「あ、お妙さん」
と小さく呟き、
「え?どこどこ」
と、立ち上がって先ほどの照れ臭い科白も吹き飛ぶほど真剣にキョロキョロする近藤を見て低く笑った。
まぁこれも愛のなせる業ってやつでサァ