対面





かーごめ かーごめ かーごのなーかのとーりぃーは


いーつ いーつ でー やぁる


一定のリズムを刻んで上下に揺れる赤い毬

まだ幼い少女の白い手と歌声


よーあーけーの ばーんに


絵や詩の世界とは、まったく無縁である自分のような男にも、こんな風に現実の風景を、幻想的だと感じることがあるものなのか。と
発見にも似た気持ちで、近藤はよく整えられた庭を歩く。
少女に向かって。

つーると かーめが すーべった

けして夢中になっているという風ではないのに、赤い毬の動きに魅せられているかのように、少女はこちらに気付かない。

うしろのしょーめん



「だーれだ」


「きゃぁっ!!」



突然、視界を塞がれて、しかも、自分の視界を覆ったその手が見知らぬものだったので、そよ姫は驚き、身を硬くした。
じぃの手にはまったく似ない、硬く、大きく、温かな手。

「失礼致しました」

答えられずに困っていると、直ぐに、その手が離れて目の前が明るくなる。
背中越しにかけられた詫びの言葉には、まるで悪気がないのに、嫌な気持ちにならなかった事を姫は不思議に思った。

一体誰なのだろう?

恐る恐る振り返ると、とても近くに、満面の笑み。

見慣れた愛想笑いではなく。
見下ろされるような視線の高さでもなく。
媚びへつらうような会釈すらもなく。

しゃがみ込んで、そよ姫と同じ視線の高さで、その男は笑っている。 口だけではなく、目も。

そしてその事を、姫はまた不思議に思った。


(不思議な人。だけど、この人のこと、私、知っているわ)

記憶をたどる。そして、思い出す。

「あ、あなた、真選組の局長さんね」
「ご名答」
「いつもの黒い服を着ていないから、わからなかった」
「自分でもこんな格好で、ここに居ることを不思議に思います」

そう言うと近藤は、羽織を摘んでおどけて見せた。

ふふふ

と、姫が笑い声をたてる。

(前にお会いした時は泣きそうなお顔だった)

近藤もまた記憶を辿り、目の前でしとやかに笑う姫の笑顔を嬉しく思った。


「おかしな人。局長さんはそんな格好でどうしてここにいるの?」

姫がそう問うと

「ああ、そうでした。ご挨拶をしにきたんです」

思い出したように、近藤は立ち上がった。
そして、背筋を正して、深々と礼をする。
「3日程、休暇を頂いている“じぃ”殿の代わりに姫の側仕えを勤めさせて頂きます」
「蕎麦使え?じぃは蕎麦なの??そばづかえってなぁに???」
「え、ええと」

思わぬ姫の素朴な質問に、近藤は顔だけをあげて、姫の方を見、少し困って口篭もる。
それから、頭を掻いて、もう一度しゃがみ込むと、そよ姫の目を覗き込んだ。

「姫をお守り・・・・・・いえ、姫がおっしゃる事をなんでも聞く人の事です」

今度は姫が困ったような顔をす
「じぃは言う事全然聞いてくれないわ」

本心でそう言っているのだろう。眉間に小さな皺を作ってそういう姫を、近藤は無性にかわいらしく感じた。
「じぃ殿は“じぃ”です。俺、コホン・・私は側使えですから、姫のおっしゃる事ならなんだって聞きますよ」

そして、とっておきの笑顔を疲労する。

(また満面の笑み。変な人。ついでに変な髭)

姫の小さな手が、無意識に、であろう。近藤の髭に伸びた。

「ホントに何でも言う事聞いてくれるの?」
「はい。私に出来る事なら」

「じゃあ、髭、触ってもいい?」

そういう姫の手はすでに近藤の顎にかかっているけれど、
「もちろんですとも!」
もうすでに触っている。とは言わずに近藤は大袈裟に頷いた。


こういう時は最初が肝心なのだ。と言う事を近藤はよく心得ている。
こういう、甘えるのが下手な人間を甘やかす時には。

今や形骸化した権力の象徴である将軍家の姫君ともあれば、おそらくは同じ年頃のどの娘と比べても、我侭を聞いてもらうよりも、我慢をすることの方が、格段に多かっただろう。
おまけにそよ姫は激動の時代を超えてきた先代将軍の娘君である。
そのまだ短い人生が、いかに寂しいものであったかは想像するに難くない。
幼い子供が持つ、正当な甘えを、どれ程押し殺して生きてきたか。
それを思うと近藤は、うんと甘やかしたい衝動さえ覚えるのだった。

甘えたい気持ちを仕舞い込んで生きてきた人間は、自然甘えるのが下手になる。
甘え方がわからなくなるのだ。

(生憎、うちには甘え下手が二人も居るからな)
近藤はこういうタイプの内側に入るのがうまい。
自分でも気付かぬうちにぎゅっと寂しさを抱えこんでてしまうような人の、警戒心を掻い潜って内側にするりと入り込み、怯えさせずに、優しくゆっくりとその心を解きほぐしてしまう。
そのような能力が彼にはあった。

そして、彼は今、そよ姫に対してその能力を発揮しようとしていた。
もちろん近藤の方も無意識に、であるのだが。

(誰にだって誰かに甘えたり、頼ったりしたくなることぐらいある。ましてや、この年頃の娘なら・・・。)

そして、近藤という男は本当に根っから人が好い。
姫だというだけでなく、寂しさを抱えている女の子という点でも、そよ姫を大切に思っているようだった。


「不思議ねェ」

近藤の承諾を得た姫は、興味津々といった様子で近藤の髭を何度も触り、引っ張る。
まるで未知の生物をみるような目つきで、近藤の顎髭を撫でまわし、不意に、強く引っ張った。
「アイタタタ」
近藤がそう言うと目を丸くして、驚き、ややもして手を放す。
「ごめんなさい」
「いやいや、構いませんよ。そんなに面白いですか?」
「ええ、とっても。作り物みたいなのに、コレって引っ張ると痛いのね!」
「アイタタタタタ」

「ああっ、ごめんなさい」

(わざと、ねぇわざとですか??)

近藤が目を白黒させていると、よっぽどその顔が面白かったのか、ぷぷっと姫は噴出した。

そして、瞬く間に

爆笑。

そんなに笑うとこじゃない。と言いたげな近藤の表情がさらに面白かったのか―

涙を浮かべて笑いこけている。

「ひ、ひめ〜」

近藤が半べそをかいて、叫ぶと、今度は、近藤を指差してお腹を抱えだした。

そうして、ひとしきり笑うと、そよ姫は嬉しそうに近藤に近づき、まだ少し幼い娘らしいあどけなさで、ぎゅうとその首に抱きついた。

「ひげさん、よろしくお願いします」


(前にあった時の事を忘れているわけではあるまいに・・・)

あの時とはまったく違う印象に、少し面食らいながらも、その心の柔らかさに優しい気持ちになって、近藤はまた笑う。

「こちらこそ!!」

そう言って姫を抱き上げると、


「きゃぁ」

と、今度は嬉しそうな悲鳴が庭に響いた。








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もう二次創作というよりも完全な捏造ですね。コレ。姫が幼すぎるのは設定を確認しないで書いたからです。そよ姫と近藤さんっていいんじゃないかと思ってます。