パパごと
―第一日目 城内の庭を望む縁側に二人並んで―
(この饅頭はベラボーに旨いナァ)
近藤は、今とても、幸せな気分だった。
城の中庭から眺める空は、自分がいつも見上げているそれよりも少し近く、眼前に広がる庭は、よく整備されていて、美しく開放的だった。
秋風が、かすかに庭の樹木を揺らし、縁側に足を投げ出した近藤とそよ姫の髪を揺らす。
心地よい。
「平和だナァ」
と、思わず暢気な声が出て、そよ姫に笑われた。
近藤は、そよ姫と顔をあわせて軽く微笑み、また空に視線を戻す。
(平和だなァ)
心でまた呟いて、二つ目の饅頭に手を伸ばすと、偶然にもそよ姫の小さな手とぶつかって「あっ」と二人視線を合わせてまた笑った。
「ねぇ、ひげさん」
近藤がうやうやしく渡した饅頭を受け取りながら、そよ姫が
「なんでも言う事を聞いてくれるって言ってたけれど、何をお願いすればいいのかさっぱりわからないわ」
と呟いた。
「そりゃぁ、そうですね」
近藤は、同意の意志を示すために何度も頷く。それから、おもむろに、手に持っていた饅頭をぽぉーんと投げて、丸まま口にほおり込むと、縁側に手をつき、眉間に皺を寄せて、空を見上げた。
普段甘えた事のない人間を捕まえて、何でも言えというのには確かに無理がある。
(俺だってなんでもと言われたら困っちまうなァ)
(何かうまい言い方は無いものか?)
眉間に皺を寄せたまま、饅頭を咀嚼し、近藤は考えた。
(うまい言い方・・・。しかしこの饅頭は美味いなァ)
そのうちに、
「ああ、そうだ!!」
近藤は、なにやら思いついたようすでそよ姫の目を覗き込む。
「父上だと思っていただくのはどうでしょう?」
我ながらいいアイディアだ。
近藤は胸をはり、ウィンクした。
その雰囲気に少し押され気味になりながら
「父上?」
と姫は首をかしげた。
「はい。あーアレです。ママごと?おやりになりますか??あんな感じで、私が父役、姫は娘役」
近藤はさも楽しそうに提案する。
近藤の方を見上げている姫の瞳がだんだんと輝きだした。
「ひげさん、そよの父上になってくれるの?!」
「僭越ながら。あ、ひげさんはいけませんよ。せっかくだからひげパパと呼んでください」
胸を張りなぜか自慢げな近藤。
「うん。わかった。じゃあね、ひげパパはそよのこと“そよ”って呼んでね」
そよ姫の声は弾んでいる。
「・・・・・・」
「い、いや、それはちょっと、呼び捨てはちょっと・・・」
「えー」
「やっぱり呼び名はよしとしましょう」
「えー」
「ね?」
「ね?」
急に困り顔になった近藤を見て、うふふ。と可笑しそうに笑うと、姫はぽぉーんと饅頭を丸まま口に入れた。
小さな頬をめいいっぱい膨らませてモゴモゴとそれを食べる様が愛らしくて、近藤は、思わずそよ姫を抱き上げ、自分の膝の上に乗せた。
始め、少し驚いた様子の姫は、恥ずかしそうに近藤の膝の上で大人しくしていたが、 口の中の饅頭が消えていくにしたがって、やがて、ぎこちないながらもそっと近藤にもたれかかる。
「ひげさん、絵本読んでくれる?」
6つ目の饅頭を口に入れた近藤が、これまたぎこちなさげに、壊れ物を扱うような手つきで優しく姫の頭を撫でたので 安心した姫が、そっと口にしたその言葉を合図にして、
一日が加速し始める。
あぐらをかいた近藤の上に座って、
妙に感情のこもった近藤の、
桃太郎に、はしゃぎ、
かぐや姫に、半べそをかいて、
ふらんだーすの犬で、二人大泣きする。
気分転換に、庭を散歩して、
おんぶに、
抱っこに、
肩車!
二人並んで昼寝をして、
こっそり木登り、
夕焼けをながめて、
そして、日が暮れる。
楽しくて楽しくて、嬉しくて、姫は、このまま一日が終らなければいいのに。と思い、 紫色の空の下で、もう一度近藤に負ぶってもらおうと、その背中に手を伸ばした。
けれど、もうあと少しで手が届くところまできた時に、ハッとして、そよ姫は、開いた指を握りしめ、力なくその腕を自分の方に引き戻す。
「夕暮れ時の空はやはり綺麗なもんだ」
と、空を見上げていた近藤が、その寂しげな気配に気付いて振り向いた。
「どうかなさいましたか?」
「・・・・・・」
姫は俯いたまま何も言わない。
「姫?」
近藤は駆け寄り、しゃがみ込むとそよ姫の肩に手を添えた。
「姫?」
「・・・」
「・・・・・・そよ、今、ひげさんが本当の父上だったらいいのに。って思いました。いけませんね」
俯いたそよ姫が、下唇を噛んだのとほぼ同時に、力強く抱き寄せられて、
「あっ」
と叫ぶ。
ぎゅうと力いっぱい抱きしめられて、息苦しくて泣きそうになる。
「近藤は、今、姫が本当の娘だったらいいのにと思いましたよ。いけませんね」
静かな声が聞こえてきたので、
そよ姫は、近藤の背中にまわしたその手で、かの男の着物をぎゅっと掴んだ。
「姫は、お父上のことがお好きですか?」
「はい。そよは父上のこと大好きです」
「それはよかった」
紫色の空が、だんだんとその色を濃くして、夜の帳がゆっくりと下りるまで、二人は何も言わずにじっとしていた。
やがて、姫の冷え切った指先を、近藤の大きな手が包み込み、真っ赤な頬と、真っ赤な目の姫の頭を優しくなでて、そのまま高々と抱き上げる。
もう、大丈夫。
「明日も沢山遊ばなくては。もう中に入りましょう」
「うん。ひげパパ今日は一緒に寝てね」
「え?」
日が暮れれば帰宅する予定の近藤が一瞬動きを止めた。
「え?じゃないの。なんでも言う事聞いてくれるんでしょ。だから一緒に寝てね」
「いや、あの、じぃ殿はお帰りになりますよね・・・」
「じぃは“じぃ”でしょ」
ああ、そうだった―
「姫、もう一度言ってください」
「?。ひげさん今日は一緒に寝てね」
「もちろんですとも!!」
そよ姫明日は何しましょう
その前に、そよ、枕投げしたい
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姫が幼すぎる・・・