20年前に天人が襲来したことで一旦崩れたこの国の均衡は、未だ回復すること無く、各地で際限なく繰り返されるテロリスト達によるゲリラ戦は、その天人を受け入れることで見せかけの平和を取り戻した今も、終わりを見せることが無い。

この20年の間に随分町も人も変わった。と、年寄り達が皆口をそろえて言うのは、天人から国を守るというその高尚な(俺にはどこが高尚だか全くわからないけれど)理想が、だんだんと形骸化し、一部を除いたほとんどのテロリストたちが今や"攘夷"を傘に着た暴れ足り無い馬鹿共に成り下がったからだ。と、土方さんは溜息交じりに言う。

そんなに喧嘩がしたいなら、"攘夷"などという大儀な理想なんて被らずに、正々堂々とヤクザ者の看板を着て歩けばいいじゃねェかと思う族共は、大抵、作戦や統率と言った言葉とは縁遠い、直進的で単純な喧嘩を仕掛けてくるわけで、だから俺はそれを"戦"と思った事なんて一度も無い。

「昔の奴らは凄かった。俺は若い時分に憧れた事がある」と、言っていたハゲ頭に共感はできねぇが(ハゲが染るといけねェし)万事屋の旦那がまさにそれだったというのなら、まんざらでないのかも知れねェ。と思うことはある。

とはいえ、それは昔の話で、今仕掛けてくる奴らはやはり馬鹿に違いなく、作戦のようなものがあった試しなんて無かったのだ。少なくても俺はそう思っていた。

つい此間までは。

そう、つい此間までは。

その惨劇は、俺たちに、自分たちがこの数年間で随分油断して奴らを舐めきっていた。という事実を知らしめるには充分過ぎるものだった。

これは戦なのだと歯噛みする土方さんの面が忘れられない―


貸し10(上)



局長に4人、副長に2人、隊長格にそれぞれ1人ずつ。それと雑魚が沢山。

「幕府の狗め」

というお決まりのセリフについで現れた剣客に、囲まれた時間は僅か数秒で、
俺と対した男の腕は中の上というところ。

さすがに4人相手では近藤さんといえキツかろう。と、相手を倒して俺が駆け出したのと、近藤さんが右から刀を振り上げてきた男を交わしてみぞおちに肘鉄を決めて、残りの3人に囲まれないように走り出したのが、ちょうど同時のタイミングで、二人相手に僅かに苦戦する土方さんを目の端に捕らえながら、俺は、それはさらりと無視して、あの人を追う憎き男どもの背中を追いかける。

背を守る物が何もない見晴らしの良い自然堤防の真中で、俺たちを襲ったのも作戦のうちなのだろう。

援軍に向かう俺の姿は、あの人に見えているのだろうか。
頼むから無茶をしないで下せぇ。と心で念じながら、あともう少しで追い着くというその距離を無性に長く感じていた。

俺の姿と心の声にやはり気付いていなさそうな近藤さんが、ふと方向を転換して、堤防を駆け下りる。
その背中に、好機とばかり先頭をいく男が、口汚く罵る言葉を吐きながら、切りかかった。
相手がそう出ることを、当然、読んでいた近藤さんが、さっと振り返り刀を走らせるタイミングの方が一瞬早く、近藤さんは、その男をなぎ倒すと、坂道を駆け下りる反動を上手く制御しきれないでいる奴等を次々と切り倒す。

なんでィ一人でやっつけちまいやがった。良いトコ見せようと思ったのに。

だがそんな思考が持てたのも一瞬だけの事だった。

次の瞬間に、俺は、自分でも顔色が青くなったのが解った。

一人、いや、二人。近藤さんに新たな追っ手が襲い掛かったからだ。
俺は、一瞬でも、安心して、走る速度を緩めた自分を呪いたくなった。
なぜならその敵は、多分、近藤さんの角度からは一人しか見えないのだ。
その証拠に近藤さんは、目の前に新たに現れた男と対峙して、その間合いを計り、キリキリと緊張した空気を保っている。
そして、近藤さんの背中を付け狙うもう一人の敵は、近藤さんの集中力がその対峙する男に全て注がれる瞬間を待っている。つまり、仲間が切られるその瞬間を待っているのだ。

見ろィ、あの男のハイエナのような目を。
近藤さんの背中を舐るように舐めまわす執拗で狂気地味た目を。


「エイヤー!!」

どちらのものともわからない掛け声が発せられて、二つの刃が交差する。


一発で殺れ無かった!


恐怖で腹のそこがゾクリと戦慄いた。

二人目の男は今まさに近藤さんに切りかかろうとしている。

突然現れた(と近藤さんは思っただろう)新たな剣客に、一瞬注意を向けている間に、対峙していた男の刃が近藤さんを襲う。

そこからの動きは自分でも曖昧であまり記憶に自信が無い。

多分、ギリギリのところで追い着いた俺は、近藤さんを蹴り倒し、右手に握った刀で、近藤さんに対峙していた男を刺し、もう一方の野郎の刀を避けきれず左腕を負傷して、それでも湧き上がる怒りに堰かされるままに刀を振るい、その男の利き腕を切り落とした。のだろう。

「総悟!!」

鋭い近藤さんの声が飛んできてふと正気に返ると、土ぼこりにまみれた近藤さんが駆け寄って来て、俺の左腕を掴み、その肩越しにうめく男の姿が見えた。

「近藤さん!大丈夫か」

続けざまに土方さんがやってきて、俺と近藤さんと倒れている男を順繰りに見回す。
そして、直ぐに、何が起きたのか大体察っせられたのか、

「近藤さん。怪我はないか?怪我無いなら、あっち指示してやってくれ」

と、そう言った。

「ああ、おう。総悟。頼むな」
「ああ、この馬鹿は俺に任せとけ。アンタの無事を皆心配している。アンタの顔一つで士気が違う。早く行ってやってくれ」

近藤さんが4人の人間に囲まれたことに皆驚いたのだろう。「局長の身が何を置いても一番優位なのがこの隊の一番の欠点だ」と、その実践の第一人者がよくも言う。

「近藤さん。俺なら大丈夫でさァ。それより早く終らせて帰りましょう。腹減ったや」
「ん?そうか。そうだな。そうしよう。総悟大人しくしといてくれよ」

ニッと笑うと近藤さんは、腕を切られて血を流す男をチラリと見、土方さんとなにやら目だけで会話して、俺たちに背中を向けて走り去った。
間も無く救護班が、俺の元に駆けつけ、左腕に応急処置をして慌しく去っていく。
あいつ等が忙しいというのはロクなことがねェ。
さーてどれくらい殺っちまったか・・・。

それより―

「止めとけよ。総悟
「なんの事ですかィ?」
「とぼけても無駄だ。大人しくしとけと言われただろうが」
「なーんだそのことですか。大人しくしますよ。やることやったらね」


「瞳孔、開いてんぞ」

いつかの時のように土方さんの手が抜刀しようとする自分の腕を抑える。

「腕痛いんですけど」
「怪我したのはこっちじゃねーだろ」
「バレたか」
「バレ無いわけねーだろーがっ」

この人はいつだって何だってあの人優先主義のくせに、酷くクールな時がある。

「離して下せぇ」
「ヤダネ」

「離して、下さィ」

自分の殺気だった目を見て土方さんが鼻でふふんと笑う。

「お前がそうして誰が喜ぶ」
「・・・」
「こいつはもう使いもんにならねぇだろうが。そんな男殺したところで泣くのはどうせあの人だ。止めとけ総悟」

「だけど」

土方さんはこの男の気色の悪い舐るような視線を知らないからそんな事言えるんでィ。

「だけどこいつらは6人掛りで近藤さんを襲った」

「当たり前だろ」 土方さんが器用にも片手だけでタバコを咥えて火をつける。
「近藤さんは局長なんだぜ?頭の首狙うのは戦の基本だろーが。落ち度があるならそりゃ俺の警戒態勢だ。恨むんなら俺にしとけ」

「だけど・・・こんな奴ら侍とは言えませんぜ。虫唾が走りまさァ」

一条の煙が天に昇って吐き出される。

「オイオイどうしたよ総悟。お前らしくもない。刀振り回してる奴が皆侍とは限らないなんて、そんな簡単なことも忘れたのか?」

沖田の腰にぶら下がっている刀がカタカタと小刻みに振るえる。
双方どちらも引かないその掛け合いに、いつのまにかあの浪士の手当てをしていた数人の隊士がこちらを見る。
「副長。こいつ連れて行くわよ」
「ああ。頼む」


そして目の前で俺は獲物を連れ去られた。




 

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飄々とした沖田に青臭くて熱い部分があることを知った42訓〜に乾杯?完敗!