乙女(上)




出張先の宿で、ささやかな酒宴をおこなっていた土方の下に、急ぎ報告することがあって訪れた山崎が、眉をひそめたのは、土方の侍らせた女の媚を売るような姿態故か、これから彼がおこなう報告の内容のせいか―

酒臭い部屋の空気をあまり吸い過ぎないように注意しながら山崎は、真っ直ぐに、そう余計なことを考えないでいいように注意深く真っ直ぐに土方の側によると、右側の女に無言で語りかけ、そうして開いたスペースに身を寄せた。
いかにも不服だという様子で、山崎に席を譲る際、名残惜しそうにこちらを見つめてきた女の垂れ目は、酔ってトロンとしていて、山崎は一瞬だけれど抱いた嫌悪を隠すことができなかった。
自然潜めた声に棘がこもる。

「副長、お楽しみ中すみません。廻天党の残党に不穏な動きがありまして、急ぎ報告に参りました」

「ああ」

山崎は、恐らく虚ろに開かれているだろう土方の眼を見ないようにそっと目を伏せると、廻天党の残党が局長の首を狙って画策している旨を報告する。
"局長”と言った瞬間に土方の体がビクリと小さく動いて、まだ土方にべったりと寄り添っていた左側の女が、訝しげに土方の顔を見た。
けれども女は、土方が平静を装っているのを見抜いてか、何も言わずに直ぐにまた、しなをつくって土方の肩口に顔を寄せる。
商売女なのだ。
媚びて甘えるのも仕事の一つ、心中を気取られたくないのだろうと悟ったら、そ知らぬ顔をするのも仕事の一つ、相手が実らぬ恋を想って虚ろな瞳を瞬かせていても、気付きかないフリをして惚れた素振りを見せるのも仕事の一つ。

(冗談じゃない)

とんだ茶番だ。こんなのは。
土方さんも土方さんだ、どうせ生理的な欲求を我慢できやしないんだから、もっとスケベ面でもすればいいのに。

この部屋に入ってきてからずっと伏目がちだった山崎は益々体を強張らせて俯き、土方の指示を待っている間中、やはり余計なことを悶々と考え込む。
それほど大量の酒が飲まれたという訳ではないのに、この部屋の空気は、呼吸をする度に少しずつ正気が奪われていくような濃密なものを含んでいる。
こんな空気の中で、女も土方さんも、きっと腹の底ではてんでんバラバラに自分の想い人の事を考えながら、飯事みたいな恋愛ごっこに勤しんでいるのだとしたら、なんという憐れだ、なんという寂しさだ。

(これに比べれば純粋に助平な男の雑念の方がよっぽど健全というものだ)


「山崎明日朝一番に動ける隊はいくつある?」

「3番隊と10番隊が」

「そうか・・・近藤さんはこの事を知ってるのか?」

「まだ報告してません。先に副長に相談しようと」

土方に寄り添って土方の首に巻かれたマフラーを弄っていた左側の女がちらりと山崎の方を見た。山崎と目が合った瞬間に女が微笑を浮かべる。口元にほくろがある、赤い紅がしっかりと引かれている。強い印象を与える唇だと山崎は感じた。

「土方はん」

女が口を開いた。囁くような小さな声で。けれどもその一言で山崎は、女の声が、男の腹の奥ををくすぐる様な艶っぽいイイ声だと知る。

「今夜はこれで失礼します」

女は名残惜しそうな仕草をしながら、それでいて土方の方ではなく、しっかりと山崎の目を見て、そう言った。
紅い唇がまた笑みをつくる。

「また呼んで下さいネェ」

山崎の後ろから声がかかった。紅い唇の女に比べれば、随分と軽薄な印象を受ける、垂れ目の女の方はまだ新人なのかも知れない。

「ああ」

土方の瞳はもはや虚ろでは無かったが、女に向けられることも無く、こんなつれない男のどこがいいのだろうかと山崎は考えて、自分があの赤い唇に少し惹かれている事に気付く。女は自分の嫌悪を見抜いていたに違いない。見抜いていてあの微笑。だとしたら侮れない女だ。と山崎は少し感心した。




例のバカ蛙事件で壊滅的な打撃を食らった廻天党の残党が、そのことを恨んで近藤さんの首を狙っている。という情報は山崎が別の組織に潜り込んでいる時に耳に挟んだものだった。

「なんでも首を刎ねて晒しものにする気だとか」

笑いながらそう言った男の面をグーで殴ってやりたい気持ちを抑えて、背筋に寒いものが走った山崎は、一旦そこから手を引いてその噂を洗い出した。そうして、その噂が本当で、しかも実現間じかの段階まで計画が着々と進行していることを知った。

攘夷という思想はすでに時代遅れなものになりつつあるというのに、皮肉なことに彼らの行動は日に日に過激に、そしてクレイジーになっていく。散り際に乱れ咲く徒花。故に燃え上がるような彼らの行動は危険だ。

女が去って急にがらんどうになった部屋で、山崎はそのおぞましい計画の更に詳しい内容を土方に聞かせた。
土方はいつものように眉間に皺を寄せて煙草をふかし、少し考えるような仕草をした後、

「近藤さんの首狙うなんざァ不届きな野郎共だ。明日の朝一に叩く。お前の事だ、大体の話ついてんだろ?俺は直接ここから行くが、俺が着くまで踏み込ませるな」

「総悟と近藤さんには黙っとけよ」と、念を押して、ニヤリと笑った。

山崎は先程女と酒を酌み交わしていた時とは別人のような土方の目を見て、土方の近藤に対する想いの強さにハッとする。

(こんなにもこの人は・・・)

深夜の闇を滑るような声で、どこか遠く野良犬が遠吠えをしている。





真選組は強い。

事実先のバカ蛙騒動の時も、廻天党相手にこちら側に負傷者はほとんどでなかった(どこかのお人好しは除く)。
だが、個性が強い。というか癖のある人間が多い。そのため統率が乱れることがあった。
もちろん普段はそれを隊規と修練でカバーしている。個々の人間がバラバラに動けば集団は弱くなる事を皆知っているのだから、滅多な事ではそうならないのだが、それでも、例えば、戦いに白熱しだすと統率が利かなくなることがある。

しかし今回のようなケースの場合その心配も無い。

理由は言うまでも無い、近藤の身の安全がかかっているからであり、実行にはまだ移されていないとはいえ近藤を侮辱するようなその計画に一様に腹を立てているからだった。

もちろんそれに一早く気付いて、計画の内容を暴き出した山崎は、土方の目からすれば昨晩などは落ち着いたものだったが、やはりよほど腹を立てていたようで、準備は完璧と言ってもいいほどの万全を配してなされていた。

故に踏み込みはあっけない程簡単に成功した。

参加した隊士の中には、3番と10番隊以外の、それも隊長格の人間が何人か混ざっていて、それにはさすがに土方も苦笑を漏らしたが、おかげで戦力はより強靭なものになった。
慌てふためき逃げる浪士達も綿密に計画された包囲網により全てほどなく逮捕されるだろう。

しかし、いくら真選組が強いといえど、ここまで早く一つの組織を潰す事はなかった。という程の異例の早さで事件は間もなく解決しようとしているというのに、土方は、首謀者と思われる男を前に、刀を握り佇んでいた。

(この男が近藤さんを・・・)

殺してその首を辱しめようとした男か―

土方は内側から沸きあがる怒りのままにどうしてくれようかと狂気と正気の間に立っている。
目の前で死を恐れて震える男が、近藤を罵倒しようものなら、

(嬲り殺しにしてもいい)

土方は刀の刃を返した。


「副長、オイっ!!副長!・・・土方副長ッ、土方さんっ!!オイッ土方!!!」

土方が刀を振り上げた瞬間に制止の声がかかる。
振りむいた土方の瞳孔が開いていることを確認して、綺麗に剃られた頭を掻き、彼は土方の腕を取った。

「目、ヤバイ事になってんぜ。気持ちは解るがマスコミに騒がれちゃたまんねェ」

フンと土方が鼻を鳴らす。
首謀者の男は目の前で行われているやり取りに見入って震えている。

(この凄い殺気じゃなぁ、浪士とはいえ無理も無い)


土方の目が少し正気を取り戻したのを確認して、ハゲが手を離した瞬間

皆が一様に安堵し、気を緩めた瞬間


バァァァーン


一発の銃声が古い屋敷に鳴り響く。



「副長!!おいっ副長大丈夫か?!」
「副長!土方副長!!」

「犯人確保ォォ!!」

「救急車だッ!!救急車呼べっ!!」


辺りは騒然となった。






 

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土方さんは報われないどうしようもない感じが似合いまするな。
サガールは局長大好きだけど土方氏も好き。

銀魂の世界観って難しい。