乙女(下)




銃を放ったのはそれまでどこに隠れていたのか、まだ歳若い恐らく下っ端の浪士だった。

銃弾は幸いにも、土方の頭部を掠めただけで、傷は致命傷には至らなかった。

それでも衝撃と急な出血で意識を失う寸前、土方は自分を撃った男が出口とは反対の首謀者の側に駆け寄り、その男の身を心配するように手を握った姿を見た。

男はまだ若い少年と呼んでもいいような青年だった。

土方は霞む意識の中で苦く笑う。
その姿を見て、ほんの少しだけ殺さなくって良かったと安堵したからだった。
お人好しが誰から染ったかなんてのは問う必要もないが・・・

(あの人の熱は強固なまでの感染力を持ってるらしい)


撃たれたというのに、まるで関係の無いような穏やかさをもって土方は意識を手放した。
近藤の掌の熱さを思っていた。






「致命傷ではない」と言った医者も心配するほど深い眠りに落ちていた土方が、ようやく目を覚ましたのは2日後の夕方だった。


土方がうっすら目を開けるとそこには見慣れぬ景色が広がっていた。
体は重くだるく、点滴の管が腕から伸びている。
心なしか筋肉が弱くなったような気になる。

昏睡していたのか。

ズキズキとまだ痛む頭部に手を当てて、白々しい部屋と、薬臭い空気に顔をしかめた所で、土方は戸口に立つ気配に気がついた。

入り口の壁に手を当てて、まるで放心したかのように口をあけて、目を何度も瞬かせている男。
息を呑んで、泣いたらいいのか笑ったらいいのかわからなくて困っているような、曖昧な表情をしている。

「とし・・・」

一歩中に入ってきて

「トシッ!!」

急に大きな声を出す。

そしてズカズカと近寄り、近藤は土方を抱きしめた。

「目覚めたか?」
「おう。心配かけたな」

「お前、2日も起きねーから・・・」
「悪ィ」

「医者は大丈夫だって言ってるし、俺、皆に大丈夫だって言ったんだけどよォ」
「ああ」

「大丈夫だって信じてたけどよ」


けして信じていた男の態度ではない態度で、近藤は土方に強く強く抱きつく。

「近藤さん・・・点滴・・・取れっから」

「近藤はなっ・・・近藤勲はなっ・・・ズッ・・・実は弱虫なんだぞ」

「な、何だよ近藤さん急に」

本当は「そんなことは無いアンタは強い男だ」と言ってやりたいのに、自分を抱きしめる近藤の力が強すぎて、土方は言葉を詰まらせることしかできない。

「しかもその上近藤さんはなっ・・乙女座なんだぞ。乙女みたいなもんなんだぞ」
「だから、どうしたんだよ?」

ギュウゥゥと自分を抱きしめる近藤の力が更に強くなる。

「イタッ、イテェよ近藤さん」

「一人じゃ生きられネェんだから」

「は?」

「一人じゃ生きられネェのっ」

恐らく顔中をくしゃくしゃにして泣いているであろう近藤の体が、小さく震えていることに土方は気付く。

「あ、いや・・・」

気付いたけれども、土方の脳は近藤の科白に困惑の悲鳴をあげていたので、土方の口は気の利いた科白の一つも言えやしないのだ。

(喜んで、いい・・の・・・か?)

「一人じゃ生きられねぇんだぞ」
「ああ、うん」

「一人じゃ生きれないんだってば」
「あ、いや、聞こえてるカラ・・近藤サン」

すっかり困って眉を寄せ、ほんのり頬を赤らめている土方の肩を、近藤がガバリと掴み、両者は急に向かい合う。
土方の目の前にある顔はそれはもう酷い泣きっ面で、土方はますますどうしていいかわからなくなり、この男にしてはありえないことに薄ら笑いを浮かべたりしてみる。

「トシ君!!」
「はいッ」


「生きててくれてよかったぁぁぁぁ」


再び強い力で抱きしめられた土方は、近藤の力があまりにも強いので、そうあまりにも強いので、胸が詰まって何も言えない。

「ば、バカ・・・近藤さん・・頼むから・・な、な、泣かないでくれ」
「無理」

やっとのことで言えた言葉は自分でも驚くほどにお粗末で、その上にすぐにも否定されてしまった。

「なぁ」

「無理、絶対無理」

まさか近藤がこんなにも泣くなどと思いもよらなかった土方は、これは随分辛いお灸だな。と、思う。

(こんなに泣かれたらどんな理由があっても死ねなくなっちまう)

これでは軽率だったと反省せざるを得ないではないか。

「お前が居て、皆が居て、それで初めて俺たちは真選組なんだからなっ」

だから

だから

死ぬな。

死んでくれるな。と、

この人は言うのだ。

土方の脳裏に、ふと、震えながら首謀者の手を握るあの青年の姿が映る。

(もしかしたらあのガキは、自分と同じ匂いがしたのかもしれない)


「俺は・・・近藤さん・・・アンタを守りたい」
「だとしたら尚の事だ」

「俺かアンタかどっちかが死ななきゃいけねぇ時は俺は死ぬぜ」
「そういう選択肢はクソ食らえだ」

「・・・・・・」

「お前は死なさない。俺も死なない」
「そればかりじゃない、アンタは誰も死なせたくない」

「悪いか?」
「悪くは無い。それがアンタの信念なんだろ?」


だがやっぱり俺はアンタのために死ぬさ。
それが俺の信念だから。


「トシ君近藤さんは乙女みたいなもんだって言ってんだろ?」
「は?」

「心がナイーブなんだぞ」
「なんだよ?」

「良からぬ事考えてるだろ?」


「・・・・・・ベツに」

土方はそっと腕を伸ばして近藤の背に回した。
力を抜いて近藤の体に顔を埋めると、温かい匂いがする。

「思い知ったか」

小さく呟くと

「何をだよ?」

近藤が不服そうに問い返す。

「アンタが無茶するたびに俺はいつもこんな思いしてるんだ」

胸が張り裂けんばかりに、アンタの無事を祈る、

それこそ乙女のような・・・

(大の男が二人乙女もクソもねーけどよ)


「だから言ってんだろ?俺は死なないって」

「そう言ってる奴程危ねェもんだ」

抱きしめられたまま土方がクククと笑うと、唇を尖らせていた近藤もやがて笑い出す。





二人抱き合ったままコロコロと笑う姿は乙女というには気持ち悪すぎるけれど、きっとまぁそう言えないことも無い。





 

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たまにはラブラブ?土近。近藤さんは正直な人なのがヨイ。 乙女なのは間違いない