男のロマンが詰まった銀玉に根こそぎ持ってかれて、もう逆さに振ってもチャリンとも言わない程貧乏になってしまった銀時は、退屈しのぎに寄った真昼間の公園で、面白いものを見た。

ありえない時間のありえない場所に鎮座する酔っ払い。

近くを通った子供が急に大人しくなってコソコソと早足で彼の目の前を通り過ぎる様を見て思わず噴き出す。

いい退屈しのぎになる。と、うっかり声をかけてもう2時間ばかしが経っていた。


一図(上)




「ナァ、てめェーはよォ、好きな奴とかいんの?」

なんて、「お前は思春期のガキか!!」と叫びそうになったのを抑えて始められた会話は、秋もようやく深まってきた薄ら寒いこんな日には、丁度おあつらえ向きに、気だるく下らない。
酔っ払いは酔い覚ましのためか無糖ブラックを、銀時は酔っ払いにたかった多糖極甘コーヒーを飲んで、時々得体の知れない溜息を吐いた。
恋の話を、しかも男に惚れている。という不毛で何の生産性もない恋の話を、もういい歳の男が二人並んで、公園のベンチで缶コーヒー片手に。というのは恐ろしく地球環境によくねーんじゃねぇかと、近頃益々灰色になっていく街並みをぼんやりと目に写しながら銀時は思う。
けれどもまぁ、何を今更。という思いと、少子化はもしかしたら地球に優しいんでない?という短絡的な楽観論を心の中でぶって彼は、それこそ地球環境に優しく我が身を省エネで抑え、公園のベンチでかれこれ二時間以上も過ごしていた。
隣の男は公害よろしく濛々と煙を吐いているが、愛煙家らしく携帯灰皿なるものを持っていたので、まぁ許容の範囲だろうと許してやる。許してやろう。とこれまた心の中で寛大ぶって銀時は、隣の、もう、酒に酔ってやしない酔っ払いの横顔を盗み見た。

(土方は、一途だ)

この男の近藤に対する想いを少女の初恋に換算したら何人分ぐらいになるのだろうか。と考えて、銀時は欠伸をする。

(それにしても青いな)

青いのは空の話だ。
けして、あまりにも明け透けでコイツの恋心を知らないのは相手だけ。という逆説(パラドックス)を起こしている隣人の話ではない。

「近藤さんは・・・」

と土方が言うたびに、銀時は、不思議に懐かしい苛立ちを覚えるが、寒いのでそれを爆発させる気にもならない。
というか、んなもん無理から犯して添い遂げちまったらどうだよ多串君。とか、それができないならお前と近藤の関係は男同士の関係としてこれ以上望むものは無ェんじゃねーの。とか、言うのすらだるいめんどくさい。 その癖ノロケ話にも近い愚痴に、安い缶コーヒー1本で付き合ってしまっているのは、自分の中に似たような焦燥を持つからなのか。と、考えるのは勘弁して欲しかった、マジで自分。

「近藤の何に不満があるんだよ?ストーカーか?警察の癖にストーカーな所か?ならさっさと取り締まってくれ。はっきり言って迷惑してるし」

「あの女はそんな玉じゃねェだろう」

「・・・よーくご存知で」

妙の顔も近藤の顔も新八の顔も神楽の顔も思い浮かべるのは、心の琴線に触れるようで良くない気がしてただひたすら青い秋晴れの空を見上げて銀時はまた溜息を吐く。
なんとなく気まずい気持ちになって、銀時は、先程からずっと頭の片隅にいた疑問を口にした。


「で、つまるところお前は近藤とどうなりたいんだよ?」



「・・・ア?どうってなんだよ?」

「お前のポジション狙ってる奴なら掃いて捨てるほど居ること位、いくらお前が大まぬけでもわかるでしょ?」

「・・・そんなに・・いいように見えるのか?」

「ハァ。それを俺に聞くかね」

「しーんじらんなーい」と体をくねらす銀時を軽く無視して土方は新しい煙草を咥えて火をつけた。
煙を吸い込む瞬間に、近藤の笑顔を思い出して胸が痛む。



「・・・たまに、アン人の心のあったかくない部分、土足で踏みにじって滅茶苦茶に掻き乱してェ時がある」


「ふーん。結構Sなのな」

銀時は腕を組み、土方の方にチラリと目を向けた。
ジジジと土方の口元で燃える赤色が妙に象徴的に見えて、自分たちの厄介さを今更ながら思い知るような気になった。

「近藤さんは、筋金入りのバカだから、徒労だってわかっていても傷つくのを止めねェ、強がるのをやめねェ・・・」

土方の、苦虫を噛み潰したような表情の中に、昔の女の、今近くにいる人の、面影を見つけて銀時はそっと目を逸らす。 コレばかりは人の事は言えねぇカラな。なんて笑えない。

「そういう時にヤメロとか行くなとか無茶すんなとか、本当は言いてェのに、あの人の男の部分がそれを快く思わない。って解っちまうから、そっとして置くしか出来やしない」

耳が痛い。そう思いながらも、
(最近はまぁ俺だってコイツぐらい女々しく子供たちの心配をするからか・・・)
土方の吐く息の重苦しさに共感してしまって銀時は、うまく呼吸ができずに戸惑いを覚えた。

「近藤さんだって本当は、俺たちがスゲェ心配してるって知ってるけど、知ってる癖に分かってる癖に信念曲げねぇ、くだらない事も大事なことも」

「そりゃぁまぁ・・・」


それを曲げたら死んじまうから。銀時の見えない器官がそう主張して笑う。

銀時は、益々複雑な気持ちになって力なく後頭部を掻いた。


「理解しようと努力はしてる。だからいつだって近藤さんが強がる時は気付かない振りをしてそっと見守るようにしてる。だが、だがなッ!」

土方の手が突然銀時の襟首を掴み上げた。
なんとなく、まぁこんな展開になるのだろうと予想していた銀時は、肩をすぼめて降参のポーズをとり、切羽詰まった眼前の男の深く刻まれた眉間の皺を、鋭い目つきの奥に陰る悲しみを、ジリジリと燃える煙草の火を、見た。

「苦しいんだよ!!近藤さんが何を言っても信念曲げねぇのは、“ちゃんと俺のこと信頼してる”からだって分かってんのに!もう長い付き合いだ。それぐらい自信持っても罪はねーだろ?人に羨まれるぐらい側に居るって満足してるはずなのに・・・。なのに、なんだよ、ああクソッ、だけどよォ、信頼されちまったら言えない言葉がある。伸ばせない掌がある・・・」


語頭は堰を切るように、語尾は呟くように、言って、土方は、目を伏せた。自然、表情が苦くなる。
表情に合わせて銀時の襟首を掴む力はゆるゆると抜けていった。

昔のことを少しだけ思い出してしまった銀時は、気道を開放されたはずなのに酸素が足りなくて、軽く咳き込む。

言うだけ言って少し冷静さを取り戻した土方は、紫煙を吐いて銀時の方を伺った。贅沢だとか我侭だとか言われるだろう。そんな事は自分でも解りきっていた。

(だが、理解できるからってどうにかなるわけでもねェ)



「多串君、煙草くれ」


(人の心っつーのはどうにも不可思議というか・・・)

土方に掌を突き出す銀時の心は、隣人の振動に共鳴して震えていた。
なんだか性的な興奮に似ていると思った。
急に煙草が吸いたくなった。


「・・・テメェ人に物貰うときは言い方があるだろう」

ぶつくさと文句を言いながらも、てっきり説教の1つや2つぐらいはされるのだろうと思っていた土方は、銀時の予想と異なる行動に、多少の驚きをもって、すこぶる無愛想に煙草の箱を渡す。
土方から手渡された箱から一本煙草を取り出すと銀時は、その残りを袂に入れた。

「ライターはパクんな!返せ!!」

次いで煙草に火をつけ終えた銀時が、蛍光緑の使い捨てライターまで袂に入れようとしたので、土方は慌ててそれを奪い返し胸ポケットにしまう。

「おいおいケチなこと言うなよ。むしろそっちの方が安いだろーに」
「これはいるんだよ」

(近藤さんに貰ったものだから)

それは先日急に煙草が吸いたくなった近藤が、土方の胸ポケットに入っていた吸いかけの箱を奪っていって2・3本燻らした後に、もうしばらく使わないからと遣した代物だった。
こんなものまで大事にしちまって、笑えねーよな全く。
土方がいつも吸っている煙草を、何気ない調子で近藤が口に咥えるその瞬間の、軽く眩暈を覚えるような艶かしさを思い出して土方は少し赤くなる。
末期症状だ。と思った。

「ナニソレ。まさか近藤に貰ったとか言っちゃう?」
「ウルセェー」

銀時がフゥゥゥーと大袈裟に、オーバーなリアクションで煙を吐く。

「多串君。一途とか、今時流行んねーぜ」

「そんなんじゃねーよ」

そんなんじゃねーんだよ。
少しの沈黙を挟んで再び土方は再び低いトーンで言葉を紡ぎだした。
今なら吐いてしまえるような気がしていた。


「いつか・・・取り返しのつかない・・・事が起きる日が、来たら、と思うと、大事にしちまうんだよ。こういう些細なのも全部」

「取り返しのつかないネェ・・・」

(あー−−なんだよコレ。セックスしてェ)
我ながら下品な思考回路だと、銀時は思う。


「クソッ。テメェのせいで」

(泣きそうだ)

土方はギュッと目を瞑ると額に手を当て前髪を掻いた。


「そうだ。そうなんだ。いつか取り返しのつかないことが起こった時、あの人の信頼守るために、俺は、俺は・・・アイツ自身を・・近藤さんを・・・」

「近藤がそう望むんなら仕方ねーんじゃね?」

「仕方ない。なんかで割り切れんのか?お前なら。俺は、無理だ。どっちつかずだ。本心か信頼か・・・。本当は―」



(逝くな)

と、

(貴方を失いたくない)


けれど、

なんて、言えるのだろうか・・・・・・。



「信頼されて嬉しいはずなのになんだか悔しい。近藤さんの芯の強さに惚れているはずなのに、それが・・・堪らなく、寂しい」




コイツ、泣くんじゃねーの。と思って銀時は土方の方は見ずに空を見上げて、また煙を吐く。
紫煙が立ち昇っていく空は、自分達の心情なんてお構いなしに青い。

(酷ぇもんだ。こんなに心がざわついてたんじゃ満足できっこねーよなぁ)

脳裏に近藤の乱れた姿態を思い浮かべて、つまらない腹いせだと思い、
今や無鉄砲なガキを2人も心の中に入れてしまった自分は、どちらの立場に立てばいいものか。と、少し真剣に考えて、銀時は、どちらも大概我侭なもんだ。と、結論を得る。

土方から貰った煙草は、なんだか酷く苦かった。





 

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説明不足で意味解らないけど許してください。(下)ともう一つ話を加えて3部作?のつもり。
公園のベンチで銀時と土方が煙草吸ってたら近づけないなー
マダオな感じで大変萌えですが。