「あ」

沈黙を保ったまま二人並んで煙草を燻らせていると、前方から人のよさそうな笑みを浮かべた髭面が近付いてきた。
公園の入り口から真っ直ぐここを目指して歩いてくる男を見て、土方の目が泳ぐ。
近藤を見て嬉しそうな顔をするならともかく、不機嫌になる土方を初めて見たな。と銀時は思い、だからといってどうするわけでもねーべ。と、怠慢な態度で煙を吐いた。
そんな銀時の様子も気にならない程明らかに動揺している土方は、イライラと落ち着かない態度で煙草を消しだす。

(おっ)

と、銀時が思ったときにはもう土方は立ちあがっていて、地面を睨みつけたまま大股で去っていった。

(へぇ〜)

なんて面白そうに目を細める銀時の視界で

「トシ」

土方が、近藤を無視して去っていく。

「あらまー」

珍しい。
これはチャンスか、な。

眉毛をハノ字にして困惑している近藤に銀時は手招きをした。


1図(下)




「で、お前らどしたの?」


近藤が側に寄ってくるのを確認して、短くなってしまった煙草を足で揉み消し、銀時はふぁぁと欠伸をした。

「さぁ」

心底わけがわからない。と言いたげな心細い声で返事をして、隣に腰掛けながら近藤が溜息をつく。
ツーカーの仲でもわからないこともあるもんなんだな。と、銀時は遠い昔を少しだけ思い出した。
それから、じっとこちらを見てくる近藤の黒目に、捨て犬に似た哀愁を見つけて、脳の片隅に描いたまま放置している、乱れた近藤の恥らう表情に涙を付け加えてみたりした。

「土方はよ」


近藤は、いつもとまるっきり違った様相で、銀時の隣に腰掛けたまま、何も言わないでいる。
不意に銀時は沈黙に耐えられなくなった。
だからといってどうして自分でもそんな事を言ってやる気になったのかはわからない。
あんまり脳内の近藤の恥態が生々しかったからかもしれない。

「寂しいんだとさ」

「堪らなく・・寂しいんだとさ」

わけわかんねぇはな。というジェスチャーを加えて、銀時は、返事のない近藤を見た。
真っ直ぐ前を見ている近藤の横顔には苦い笑みが薄っすら浮かんでいる。


「お前は?」

近藤が銀時の方を向く。

「お前は寂しくねぇの?」

随分と今日は雄弁だと、銀時は我ながら可笑しくなった。


「墓参りに行ってからトシの様子が変なんだ」

「墓参り?」

近藤は銀時の質問には答えなかった。

「おう。先々代のな」

「ふーん。なんで?ブルーになっちゃうような不気味なトコにあんの?墓」

「いや。そんなことはねぇよ。故郷の村の外れにある。まぁ墓地だからな、それなりに暗くはあるが・・・」

真っ直ぐで無い近藤なんて・・・。

「じゃ、なんで土方のヤローはあんな」
「わからん」

本当はわかってんじゃねーのか、近藤サンよぉ。



「お前さホントどうしちゃったのよ」

また気不味い沈黙が流れて、銀時は、心底呆れた溜息を吐く。

まいっちゃうよね銀サン今タダでさえ薄幸なのに。


「今日も飯食いっぱぐれたらお前の責任な」

「おう」

気の無い返事しやがって、「食わせられねってのは肩身が狭いんだよコノヤロー」と続けようとした銀時の科白を、ようやく開かれた近藤の言葉が遮る。



「なぁ、銀時・・・寂しい事は、そんなに悪いことなのか?」


「・・・あんなー近藤。・・・寂しいに悪ぃも何もネェんじゃね?」

呆れて物も言えないとはこの事だ。
冷えた貧相な背もたれに、もたれかかって銀時は空を見上げる。

晴れ晴れとした青空には、はぐれ雲がぽつんと浮かんでいた。


「悪いも良いもネェ・・・寂しいは寂しいんだよな」


「寂しいのは、誰か、愛しい人がいるから・・・だと・・・」

近藤の呟き声は熱い。ケレド、重く。

青い空を、ただ自由に、悠然と流れるはぐれ雲は、何を想うのだろうか。

銀時は近藤を見る。
寂しい目と目が合う。

「なぁ、近藤。お前は?」


「お前は寂しくねぇの?」


「愛しい人なら・・・いるよ。確かに」



それはお前誰の事だよ。なんて野暮、皆の銀サンが聞くわけにはいかねーケド。

銀時はそっと手を伸ばして近藤の頬を掴んだ。

無防備な面、捨て犬みたいな目ン玉。

口付けると苦かった。
(苦いのは俺の口か)

目を瞑り為されるがままの近藤を、ジッと見つめて銀時は思う。

(一体お前誰を感じてる?)

寒空の下、公衆の面前で、おっさん同士でチッスだなんてな・・そりゃ大寒波もくるわけだ。 今日は地球環境に優しくないことばかりやってる。と銀時は思った。

何かむしゃくしゃした気持ちのまま、口腔を乱暴にまさぐると近藤が身じろいだ。
勢いに任せて舌を深く深く挿し込む。

(何もかも食い尽くしてやるよ。銀サン親切だから)


近藤の眉がきつく寄せられて、頬が上気して色っぽい。

苦しそうな呼吸全部塞いで、漏れる喘ぎ声も全部飲み込んで、閉じ込めてしまいたいような衝動を感じた銀時は、

ふと


「・・・たまに、アン人の心のあったかくない部分、土足で踏みにじって滅茶苦茶に掻き乱してェ時がある」

そう呟いた土方の顔を思い出した。

(奪っちゃおうかな)

ゆっくり、わざと感じさせるように、離れた。
去り際にペロリと唇を舐める。

耳まで赤くなった近藤を、舐るような目で見つめてやると、眉を寄せた髭面は絶句した。

そのまま調子に乗ってそっと股間に手を当てると、予想通り反応があった。

ニシシ。銀時は哂う。我ながら酷い笑みだ。

「ダッ、ダメェッ!!そこは・・・」

慌てて銀時の手を払いのけて股間を隠す近藤を見て、銀時は気分が高揚するのを感じた。

「か〜わいい。局長さん」

「からかうなよ銀時」

「からかってないぜ。溜まってんだろ。抜いてやろうか?」

「そういうのをからかうって言うんだ」

「からかってないってば。ホラ報酬貰わないと」

「報酬?」

「そう今晩のオカズ」

「・・・・・・・」

再び真っ赤になった近藤の頭からは、漫画でよく見る、混乱のスパイラルがあがっている。


「バッ馬鹿!」

あーどこの生娘だよお前は。
襲っちまうぞ。

「いいの?逃げないで?多串君は助けに来てくれないぜ」

「・・・傷を抉るな」

「銀サンSなんだよねー」

「・・・・・・」

はぁぁぁぁ。

大きな溜息が吐かれる。
大丈夫かよ。コイツだって大概薄幸だと思うけど。特に色恋。
なんて自分を棚に上げて銀時は笑った。

「銀時煙草くれ」

「あー」

「もってんだろ?」

「なんで知ってんだよ」

「なにが?」

「さぁね」

先ほど土方からせしめた煙草を近藤に渡しながら、銀時はまた空を見上げた。

はぐれ雲はいつの間にか消えていた。

銀時の視界の隅に映る大きな雲の塊に飲み込まれたのだろうか―

(面白くねぇ)

「ライター持ってないからな」

「ん?マッチならあるけど使う?」

銀時が空を見上げている間にとっくに火をつけたらしい近藤が、惚けた顔で銀時にマッチを渡す。

(妙の店の・・・)


銀時はマッチをすりながら、今度こそ、声を上げて笑った。

近藤のライターを後生大事に持ってる土方。
妙の店のマッチを大切そうにしている近藤。

(なんだよなにもかも何時も通りじゃねぇか)

不意に疑問が頭をもたげる。

「なぁ近藤お前にとってアイツはなんなんだ?」

本日二本目の煙草をふかして銀時は、こんな味だったかな。と首をかしげた。

「トシのことか?トシはなぁ・・・」

真っ直ぐ前を見ている近藤の横顔は優しい色を帯びている。


「なんだろうなぁ。親友、相棒、戦友、仲間」


「どれもそうであるようでそれだけではないような・・・なんかしっくりこねぇよなぁ」


だろうな。それじゃあ満足できない。お前もアイツも。

(いらん進言でもしてやろうかな。暇つぶしに)

銀時が口を開きかけた瞬間

「あっ」

間抜けな声が近藤の口から漏れた。

「いいの思いついちゃった。笑わない?」

「笑わない」

「古女房」

「は?」

「だから古女房。トシ君たらさー目敏くて。このマッチだって隠すの大変なんだから〜」


あっはっは。



「笑わないって言っただろー銀時!」

「いや、悪い。笑うわ。それ」


空の片隅では、またはぐれ雲が、群れからはぐれて自由になろうとしている。

銀時は知っている。

真に一人っきりの雲をはぐれ雲とは呼べないことを。

あの大きな母体があるから、あの雲は、自由なのかもしれねぇな。

母はこの男かと思っていたらあの男だっただなんて笑うしかない。

(興味の尽きない連中)

だとしたら土方の寂しさは永遠に消えてなくならないのだろう。


寂しいは寂しいことなんだってよ多串君。


愛の大きさを比べても何にもなりやしないけれど。

もしかしたらこの男はお前以上にお前を愛しているかもしれない。

これも一つの愛の形








 

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受けなのに誰よりも男らしいがモットーです。